Ⅱ:スキアーナのしあわせなけっこんしき


 ある昔、スキアーナと言う、とっても自信家の女の子がいました。


 スキアーナはお人形のようにまっすぐ伸びた金色の髪に、かわいらしい顔をしていて、まだ十歳になったというところです。まるで天使のようにニコッと笑うその姿は、何人もの人をとりこにしました。

 育ちは小さな街でしたが、スキアーナは両親にも、街のみんなにも愛されていました。


 そんなある日です。スキアーナの住む小さな街に、この国の王子様が訪れることになりました。


 王子様は女の子みんなのあこがれで、ハンサムで、とてもたくましいお方です。どうやら結婚相手を探しているらしいといううわさも聞きました。

 スキアーナの周りの人たちははりきって、街中が盛大に王子様をもてなしました。

 街の特産品をふるまったり、街一番の鍛冶屋さんが、剣を作ったりしました。

 スキアーナは、王子様に見せ物として、得意だった踊りを見せました。

 すると、素晴らしいことがおきたのです。


「おお・・・・・‼ なんて美しい踊りなんだ‼」


 なんと、王子様は食い入るようにスキアーナを観察すると、街のみんなの前で、金色の大きな指輪を出して、プロポーズをしたのです! ちなみに、その時の王子様の年齢は、二十歳でした。


「天使よ・・・・・・・。ぜひとも、僕の妻になってくれないだろうか?」

「ほ、ほんとうなの⁉」


 スキアーナはちらりと両親を見てから、指輪に指を通しました。


 王子様の結婚は、またたく間に国中に知れわたりました。そうしてスキアーナのかわいらしさは、たちまち国中に広がることになったのです。

 ほどなくして、スキアーナのかわいらしさに国中が夢中になりました。誰もスキアーナに対して、嫉妬したり怒ったりはしませんでした。むしろ、スキアーナと結婚できる王子様をうらやましく思ったくらいです。


   ♰   ♰   ♰


 月日はたち、いよいよ、明日はスキアーナと王子様の結婚式です。

 両親に別れを告げて、大きく豪華な王城にやってきたスキアーナは、自分の部屋で、明日の結婚式にそなえ、ベットの上ではやくもおめかしをしていました。


 王城のクローゼットの中には、スキアーナが着たこととのないような、沢山のきれいなドレスがしまわれています。フワフワで何層にも重なったフリルは、スキアーナの目を輝かせました。


 スキアーナはそれらを一つ出しては着て、もう一つ出しては着てと、くるくると着替えていきました。そのときのスキアーナの顔は、たいそう幸せそうに見えました。

 やがて、すべてのドレスを着終わると、天蓋付きのベッドに飛び込みながら、スキアーナはとんでもないことを言いました。


「もう嫌! はやく消えてしまいたいわ!」


 そうして突然、ベッドで泣き始めたではありませんか!

 バタバタと両手両足を揺らして、シーツにくるまるように顔をうずめます。その間も、スキアーナの涙は止まらずに、シーツを汚していきました。先程の嬉しそうな顔が演技であるかのように、今のスキアーナは泣き顔でした。

 そんな時です。


「あら、うるさいと思って覗いてみたら、かわいいお嬢さんが泣いているじゃないの」


 窓の方から声がして、スキアーナは慌てて泣いていた顔を持ち上げます。

 窓の外は見通せないほどに真っ暗な夜空が広がっていて、月が不気味ながらも美しく輝いていました。

 ここは王城の一番上の階です。声が聞こえるはずなどないのですが・・・・。

 そんな真っ暗な夜に向かって、スキアーナは怖がりながらも言いました。


「・・・・・・・そこにいるのは、だあれ?」


 すると、月明かりで照らされた部屋に、黒い影が伸びました。

 スキアーナは短い叫び声を上げましたが、すぐにその影の正体に気がつくと、嬉しそうに声を弾ませました。


「魔女さん‼ あなたはもしかして、魔女さんなの⁉」


 ベッドの上で、ぼふぼふとスキアーナが跳ねます。

 照れたように暗闇から、「そうだよ、あたしは通りすがりの『影の魔女』さ」と声が返ってきました。

 しかし、その姿は影の魔女の言う通り黒い影だけで、よく見えません。スキアーナが魔女だと思ったのは、その影が、大きな帽子をかぶっているように見えたからなのでした。


「そうだわ! 魔女さん、聞いてちょうだい!」


 スキアーナは嬉しそうに、影の魔女に語りかけます。

 影の魔女は面白そうに笑うと、「何だい?」と訊きました。


「わたしはこんな立派なお城にいるけど、本当は、こんなところにいたくないの‼ 王子様とだって結婚したくないわ‼」

「それは、幸せになりたくないということかい?」

「そうよ。わたしは、しあわせになりたくないの‼」


 そう言って、長々と、影の魔女に語り出したのです。


「わたしのパパとママは、わたしにとっても厳しい人だったの。すぐにわたしのことを叱るし、好き嫌いをしただけで、家中の掃除をさせられたの。毎日いろいろなレッスンに行かされて、得意だったクッキーを作る時間もなかったわ・・・・・・・。お勉強だってできないと怒られるから、泣きながら頑張ったのよ。他にも、わたしを『特別な娘』って言って、なんでも出来ると思ってたみたい。なにか出来ないことがあると、その度にわたしは、パパとママに𠮟られたわ。捨てるって、そう言われたこともあるの。わたしは、パパとママが大っ嫌いよ! パパとママだって、わたしが嫌いに違いないわ‼ だから、このお城に逃げ込んだだけなの!」


 影の魔女がからかうように言います。


「でもお嬢さん。そのおかげであなたは、完璧でかわいらしい王妃になれるんじゃないのかい? それはいいことだろう?」

「いいえ。そんなことないわ」


 スキアーナは力強く首を横に振りました。ぎゅっとドレスの裾を握りしめたかと思うと、


「わたしは知ってるのよ! パパとママは、わたしが王妃になって貰えるお金が目当てなんだわ! きっとこのお城にこっそりやってきて、お金になるものを盗んでいくの! パパとママは、自分たちが裕福になることしか考えていない愚か者なのよ! わたしがしあわせになったら、きっとパパとママは、わたしのしあわせを奪うに決まってるわ‼」

「だから、お嬢さんは幸せになりたくないんだね」

「そうよ‼ 魔女さん、わたしをうんと不幸にして頂戴!」


 スキアーナがそう言い終わると、影の魔女は呆れたような溜息をつきました。

 なんということだ。影の魔女は思います。

 きっとこの小さな女の子は、両親にひどいしつけを受けたのでしょう。その結果、人を信じられなくなっています。影の魔女には心を開いていますが、心から幸せになることが分からないようでした。

自分がどこまで幸せなのかが分からなくなり、泣いていたのだと、影の魔女は考えました。

 ですから、影の魔女は、スキアーナにある提案をすることにしました。


「お嬢さん。残念だけど、あたしは、あなたを不幸にすることはできないよ」

「なんで! 魔女なのでしょう⁉」

「自分から不幸になるのは、それこそ愚か者のすることさ。

・・・・・・・でもね、お嬢さん。あたしの魔法で、あなたが消えてしまったらどうなるのか、見せてあげることができるのさ」


 スキアーナは驚いて声を上げました。「そんなことが出来るの⁉」


「ああ、もちろん。あなたがいなくなったら、どれだけの人が悲しい思いをするのか、そして、あなたがどれほど両親に愛されていたのか、きっと分かるだろう」


 そう言うと、影の魔女は月の光が差し込むぼんやりとした部屋に向かって、怪しい呪文を唱え始めます。

 スキアーナが輝いた瞳を向けていると、やがてスキアーナの視界が、パッと、真っ白になりました。


   ♰   ♰   ♰


 スキアーナは雨の日の外にいました。どんよりと曇った雲が、視界をおおうようでした。

ぱちぱちと瞳をまたたかせながら、目の前に現れた光景に息をのんでいます。

 そこには二人の男女が、肩を寄せ合って泣いている光景がうつりました。とめどなく涙を流す二人こそ、スキアーナの両親です。


「ああ・・・・・・・‼ スキアーナ! まさかお前が、王城の窓から落ちてしまうなんて‼」

「今日は結婚式だったっていうのに、どうして、こんなことに・・・・・・・」


 賢いスキアーナはすぐに気がつきました。これは、影の魔女が見せている、『スキアーナがいなくなってしまった未来』なのでしょう。


「パパ‼ ママ‼ わたしはここにいるわ‼」


 叫んでみますが、やはりスキアーナの両親はスキアーナの声が聞こえていないようでした。スキアーナの予想が確信に変わります。

 両親の嗚咽は、激しくなりました。


「俺はおまえの父親として、おまえをもっと愛したかったのに・・・・・・・‼」

「私だって、スキアーナ‼ あなたのドレス姿が見たかったわ・・・・・・・‼」


 両親の言葉は、全て、地面に投げかけられているようでした。スキアーナも、つられるようにして地面を見ます。そして、目を丸くしました。


「これは、わたしの・・・・・・・お墓?」


 そこには、薄黒く盛りあがった地面の上に、カトリックの十字架が刺さっていました。十字架には、『スキアーナ』と文字が彫ってあります。まわりにはたくさんのお花もありました。


 ここで、スキアーナは思い至ります。

 両親がいるこの場所は、墓地でした。両親が泣いているのはもちろん、他にもたくさんのお墓があったり、十字を切って祈りをささげる教徒の姿も見えたからです。

 スキアーナは結婚式の晩に王城の窓から転落して亡くなった。そのような未来を、影の魔女はスキアーナに見せていました。


 視線の先で、母親が父親に向かって言いました。


「ああ、あなた。こんなことになると分かっていれば、もう少しあの子に優しくするべきだったのよ‼ 私達がいつも怒ってばっかりだったから、きっとあの子、私達のことをよく思っていなかったはずだわ‼ 今日の結婚式で、思いっきり甘やかしてやろうと思っていたのに‼ どうして厳しくしつけたりなんかしたの⁉」


 妻にまくしたてられる父親でしたが、すぐに言い返しました。


「な、なんだと⁉ 僕だって止めたじゃないか、たまには気分転換も必要だろうって‼ それでも君がかたくなだったから、目を瞑ってただけだ‼ 僕が悪いみたいに言わないでくれ‼」

「まあ、なんてこと‼ 瞑っていたのではなくて逸らしていたのでしょう‼ スキアーナはあなたに殺されたのよ‼」


 両親の口喧嘩は激しくなっていって、他の弔いに来ていた人たちによって宥められました。自分のことについて両親が喧嘩をするのに、スキアーナの胸は痛みました。

 一方で、「殺されただって⁉ なんだい、もしかしてこれは事故ではなくて事件なのかい⁉」と、間違ったことを話し始める人も出始め、あたりは一時、耳をふさぎたいほど騒がしくなりました。


 そんな中、遠くから両親の姿を見ていたスキアーナは、顔を真っ青にして、震えていました。

言い争う両親を止めに入りたい気持ちもありましたが、これは魔女の見せているものなので無理でしょうし、なによりも恐怖が勝りました。

 スキアーナは、影の魔女の見せた『自分の死』に怯えていたのです。

それまで遠くにあったものが、急にぐいっと近くにきて、そのまま連れて行ってしまうような、怖い夢でも見たこともないようなことを想像しました。


「わたしがいなくなったら、死んだら、こうなるのね・・・・・・・」


 もう一度自分のお墓を見て、むなしくなると共に、やはり怖くなります。

 こんな薄汚れた土の下で、目を覚ますことが出来ず、真っ暗なまま、何日も、何日も、一人で、誰にも気づかれず、眠っている・・・・・・・。でも、そのことを怖いとか、寂しいとも思わない。幸せも、不幸も、そこにはない・・・・・・・・・・・・・・。


「そんなの・・・・・・・いやよ!」


 スキアーナは泣き出しました。両親に抱き着きたい気持ちになりました。

「死にたくない」と、強くそう思いました。「パパとママの悲しむ顔を見たくない」とも思いました。

 泣きながら、スキアーナは言いました。


「ごめんなさい、魔女さん‼ わたし、分かったわ‼ わたしが不幸になったら、パパとママも不幸になってしまうのね‼ わたしがしあわせなだけで、パパとママはしあわせだったのね‼ わたしは、ひどい間違いをしていたわ‼ ごめんなさい‼」


 言いながら、スキアーナはこの悪夢が覚めるのを待ちました。もう、ここにはいたくありません。一刻も早く、逃げ出したい気分でした。

 ですが、いつまでたっても、夢は覚めようとしません。さらに不思議なことが、スキアーナを困らせるだけです。

 不思議なこととは、いつの間にか墓地には誰もいなくなっていたということです。

 その他にも、曇っていた空がものすごいスピードで移動しているかと思うと、真っ暗な夜になり、雨が降り出します。雨が降り止んだかと思うと、今度は、太陽が昇って朝になっているのです。

 朝になったり夜になったりが、瞬きの間に、何回も繰り返されました。それは、時間が進んでいる証拠なのだと、スキアーナは気がつきました。

まだ、この悪夢は終わらないということなのでしょうか。


 どのくらいそうしたでしょう。地面にへたり込んだスキアーナが顔を上げた時、お墓の数が増えていました。

 ただでさえ暗くて不気味な墓地が、輪をかけたように暗くなって、スキアーナはまた叫びました。


「魔女さん‼ わたし怖いわ! 戻して!」


 スキアーナのお墓のまわりのお花が枯れ始め、しかし手入れもされていないようでした。何回も昼夜を繰り返し、ポロポロと灰のように崩れていきます。

 その時です。スキアーナの視線の先に、一人の青年がうつりました。

青年は灰になった花を眺めると、スキアーナのお墓の前に立ちます。その後ろ姿には、見覚えがありました。

 思わず、スキアーナは叫びました。


「王子様‼」


 そう。青年は、スキアーナと婚約した、あの王子様なのでした。

 声は届かないのに、スキアーナは安心しました。王子様が、自分を助けに来てくれたと思ったのです。

 しかし、次の瞬間、スキアーナの目に、とんでもない光景が飛び込んできました。


「そんな・・・・・・・何で⁉」


 なんと王子様の隣には、死んだはずの『スキアーナ』がいたのです! 

 そして二人は、〝スキアーナ〟と彫られた墓の前で手を合わせます。

 スキアーナは意味が分かりませんでした。つまり、ここには三人のスキアーナがいることになるのです。


 王城の窓から転落して、お墓に入っている〝スキアーナ〟。

 王子様と一緒に手を繋いで、お墓の前で悲しそうな顔をする『スキアーナ』。

 そんな二人の様子を眺めている、影の魔女によって未来を見せられたスキアーナ。


 頭が混乱しました。何が何だか分かりません。

 スキアーナが顔を真っ赤にして悩んでいると、突然、王子様と『スキアーナ』はキスをしました。スキアーナは「きゃあっ」と顔を隠してしまいました。自分を見ているはずなのに、見ていられませんでした。

 十秒ほど唇を重ねると、二人は何事もなかったかのように話し始めます。もちろん、この時二人は〝スキアーナ〟のお墓の前にいるのです。


 ここで、王子様の唇を見ていたスキアーナはあることに気がつきました。

 王子様の顔は、スキアーナが彼と出会った時よりも、年老いているように見えました。一方の『スキアーナ』は、背の高さも顔も、ほとんど変わりありません。

 さらに、目をよーく開いて見ると、〝スキアーナ〟のお墓の近くに、両親のお墓も作られていました。

 ここでようやくスキアーナは、時間はちゃんと進んでいるということに気がつきました。納得するように頷きますが、モヤモヤは取れません。

 なぜ、王子様とキスをする『スキアーナ』は年を取っていないのでしょう?

 その答えは、すぐ分かりました。


「ああ! 君はやはりスキアーナにそっくりだね。まさに、僕が求めていた女性だよ」


 王子様のこの言葉に対して、お墓を見ていた『スキアーナ』は泣きながら言いました。


「ありがとう・・・・・・。わたしも会って見たかったわ。スキアーナお姉ちゃんに」

「大丈夫さ。彼女の代わりに、僕たちで幸せな未来を作ろうじゃないか!」


 体に電撃が走ったような衝撃を受け、スキアーナは口を開いて立ちすくみました。

 王子様とキスをする女の子は、あろうことか、スキアーナの妹だったのです! 

 もちろん、スキアーナが婚約を持ち込まれた時、妹という存在はありませんでした。スキアーナが死んでしまった後に、両親が彼女を産んだということになるのでしょうか。


 スキアーナは、二人に怒りを覚えました。

 スキアーナが死んだら、両親はもちろん悲しみましたが、すぐに妹を産んだということになります。それは、スキアーナの代わりが、つまりはスキアーナをなかったかことにしようとしたのではないでしょうか?


 スキアーナと結婚ができなかった王子様も、スキアーナの妹が産まれたと聞いたら、真っ先に婚約を申し込んだのではないでしょうか。スキアーナにそっくりな人と一つになれれば、彼にとっては幸せなのでしょう。


 そしてスキアーナの妹です! 彼女は何もしていないのに理想の王子様と結婚している! 本当はスキアーナが手に入れるはずだったしあわせを、彼女が手に入れている!


 そう思うと、どんどん怒りがこみ上げてきました。

 悲しむのは一瞬です。一瞬の後は、永遠を求めようとするのが人間なのです。


 スキアーナは、妹である彼女こそが、スキアーナからしあわせを奪った張本人のように見えました。そしてそれは、あながち間違っていないのです。

 今すぐお墓から〝スキアーナ〟が飛び出して、妹を引きずり込んでいけばいいのに、とスキアーナは思いました。


 そしてスキアーナは気づかされたのです。自分はしあわせになりたかったのだと。

 本当のスキアーナという女の子は、しあわせに貪欲な子であると。

 幸せになったら、それを奪いに来る者が現れるのではありません。幸せをためらっている間に、その幸せは誰かに横取りされてしまうのです。

 ですが、死んだらどうなるのでしょう?


   ♰   ♰   ♰


 スキアーナは目を覚ましました。ドアをノックされる音でゆっくりとベッドから起き上がります。

 どうやら夢は覚めたようです。カーテンからは眩しい朝の光が差し込んでいて、影だった魔女の姿はありませんでした。もちろん、スキアーナは窓から落ちることなく、ドレス姿のまま眠っていたようですが。

 大きな音を立てて入ってきたのは両親でした。今日の結婚式で輝く娘をいち早く見ておこうと、王城にやってきたのかもしれません。

 ドレス姿のまま起きてきたスキアーナに両親は最初こそ驚きましたが、すぐに涙を流し始めました。


「なんて素晴らしいドレス姿なんだ、スキアーナ! 王子様が言っていた通り、本当に天使のように見えてしまったよ‼」

「私もよ、スキアーナ。まさかあなたが、こんなに素敵になるなんて、いやだ、まだ結婚式も始まってないのに、涙が止まらないわ」


 二人はスキアーナをきつく抱きしめました。あんなに怒って、捨てると言っていたのが嘘みたいです。スキアーナは笑いませんでした。

 ふと、影の魔女に見せられたことを思い出したスキアーナは、二人に聞いてみました。


「ねえ? パパとママは、しあわせ?」


 返事はすぐに返ってきます。


「もちろんだよ、スキアーナ! こんなかわいらしい娘に育ってくれて、王妃になるだなんて、一生の幸せさ‼」

「そうよ、スキアーナ! あなたが幸せになることが、私たちの一番の幸せですもの‼」

「わたしがしあわせになったら、みんながしあわせなの?」

「そうよ、今日の結婚式だって、国中のみんながあなたの幸せを祝うのよ。そうしたら、国中が、スキアーナの幸せでいっぱいになるわ‼」

「ああ、王子様と一緒に、幸せな未来を築いていくんだぞ、スキアーナ」

「・・・・・・・ええ」


 二人のその言葉で、スキアーナはある決意をしました。


   ♰   ♰   ♰


 隣の国の人はこの一連の事件のことを、『血塗られた結婚式』と呼んでいました。


 悲劇の始まりはまず、王子様と結婚するはずだった女の子、スキアーナの両親が、あろうことかスキアーナの手によって殺されることからでした。

 両親はスキアーナの部屋にあった予備のドレスによって、首を絞められたようでした。

 その後スキアーナは大食堂からナイフを持ってきて、何回も二人を刺しました。この時、母親のお腹には、中の内臓が傷つくほどの傷が何個もついたようです。父親の方は、陰部が切り取られているとのことでした。

 理由はよく分かりませんが、女の人のお腹を傷つけるのがどういうことか、男の人の陰部を切り取るのがどういうことか、スキアーナは知っていたのでしょうか。暴れ狂いながら、スキアーナは「妹はしあわせに必要ない」と言っていたそうです。


 次に、騒ぎを聞きつけてやってきたメイドさんを何人か刺したようです。これらのメイドさんは奇跡的に一命を取り留めたので、殺意はなかったようでした。

 しかし、スキアーナの狂乱はこれでは収まりませんでした。城内にいる何人もの人々を刺しては殺し、刺しては笑っていたそうです。

 そしてついに、スキアーナは、自分の結婚相手である王子様を刺し殺したのです‼ 王子様は綺麗な顔をめった刺しにされて、歯はすべて折られ、口は切り裂かれていました。

 二人が歩くはずのカーペットは真っ赤な血に染まって、おいしそうなケーキのにおいと幸せな香りは、あっという間に湿った血なまぐさい臭いに変わったといいます。

 あっという間に国中を恐怖に陥れたスキアーナは、凶悪殺人鬼として恐れられました。


   ♰   ♰   ♰


 王様の怒号に合わせて、ゆっくりと、スキアーナが断頭台に上ります。その声に合わせるように、人混みから罵声が飛びました。

 そのまま、スキアーナは押し込まれるように板に首を通されました。彼女の頭上では、ギロチンの鋭い刃が、あざけるようにスキアーナを見ています。

 王様が言いました。


「殺人鬼スキアーナよ、お前は結婚相手である我の息子を殺し、結婚式を、国中の人間を恐怖の渦へと放り込んだ重罪だ‼ よってその罪、死をもって償え‼」


 わああっと、歓声がわきました。俯くスキアーナに、誰かが石を投げて笑っています。

 しかし、スキアーナは命乞いする様子もなく、満足するような笑みで、王様に訊ねました。


「王様、わたしが死んだら、死体はどうするの? お墓に入れるの?」


 王様はスキアーナの顔を見ることなく、吐き捨てまるように言います。


「お前のような殺人鬼を、両親と同じ墓に入れるはずがないだろう‼ 首を落とした後は火炙りにして、永遠に人の目に触れることなく葬ってやる‼」

「・・・・・・・分かったわ。ありがとう」


 なぜでしょう。スキアーナのその声はひどく美しく、王様を含めた誰もが、その美しさに息をのみました。しかしすぐに、石が投げられ始めます。

 王様は咳ばらいをして、スキアーナに聞きました。


「殺人鬼スキアーナよ、最後に申しておかなければいけないことはあるか?」

「ええ、そうね。一つだけ、言っておかなければいけないことがあるわ」


 スキアーナは静かに微笑むと、言いました。


「最後まで分からなかったけれど、影の魔女さんにお礼を言ってくれないかしら。あなたのおかげで、わたしはしあわせが何なのか、知ることができた」

「我が息子に謝罪の言葉もないのか‼ もういい‼ 早くギロチンを降ろせ‼」


 がちゃん、とギロチンが落とされ、スキアーナの首もごろり、と落ちました。

 少々のどよめきの後、「殺人鬼が死んだぞ‼」と、拍手喝采が沸き起こりました。

 この瞬間、国中が幸せに包まれたのです。


「ちょっと待ってくれ‼」


 ところが、人混みの中のある人が悲鳴を上げました。みんなが彼の方を見ます。彼は顔を真っ青にしていました。


 なんでも、「結婚おめでとう」という声が聞こえたそうなのです。

 人々はみな、彼の言葉に大笑いしました。

 どうして処刑されたのに、そんな場違いな声が聞こえるのだ、と。

『死』と『結婚』が結びつくはずがない、と。

 死んだら『しあわせ』になれるはずがない、と。

 やがて、彼もそうだと思ったのか、恥ずかしそうに頭を掻いて、みんなはますます幸せな雰囲気に包まれました。



 そんな『幸せな光景』を、断頭台の上で、首のない、たった今『しあわせな結婚式』を挙げたばかりの女の子が見下ろしています。



 スキアーナの影はまっすぐ伸びて、首を繋げたまま、しあわせそうに笑っていました。


                   ―――めでたしめでたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る