カナブン

@haretanagi123

カナブン


幼い頃のお使いの帰り。虫が苦手な私はマンションのエレベーターに止まっていたカナブンが怖くてエレベーターにのれず泣きべそをかいていた。


なかなか帰ってこない私を心配して父が降りてきた。カナブンを怖がり泣いている私を知って父は言った。


「友成、カナブンは世界を救っているんだよ」


と冗談で和ましてくれた。


それ以来カナブンをみるたびに


(世界を救う虫)


と思ってしまい。私はカナブンが怖くなくなっていた。


あれから時が過ぎ私は社会人一年目となった。


その日、夏の暑い出勤ラッシュの交差点で「キャッ」


という小さな声とともに私の右側から、綺麗で大人しそうな女性がぶつかってきた。


私は、その反動と驚きでよろめいて、私の左側を歩いていた男性にドミノのようにぶつかった。


夏らしいアウトドアの格好、大きな荷物を持った男性だった。


私はかろうじて左手で倒れそうになるぶつかってきた女性を支えた。


と同時にぶつかった左の男性に


「すいません」


と声をかけた。男性は


「こちらこそ」


と笑顔で不思議な返事するとともに足早にかけていった。私が支えた女性は


「すいません」


と申し訳なさそうに謝ってきた。


そしてそろっと肩掛けのバックを私に見せ


「虫が…」


と言った。カナブンだった。


私は女性のバックに止まるカメムシを手でつかみ壁につけてあげた。


「カナブンは世界を救うと昔教えられたんです。冗談とは思うんですが」


と笑いながら女性に声をかけると女性は


「ありがとうございます。助かりました。面白いことを言いますね、私もなんとなくそう思ってしまいます」


私達はそのまま話をしながら歩き。話がはずみ後日食事の約束をした。


ひょっとしてこの出会いがカナブンの導きなのかとカナブンに感謝した。






1,ぶつかられた男


その日フェスにいくバスに乗るため朝早く地方から都会に出て来た


ネットで出会った友達たちとの待ち合わせのバス停近くの喫茶店を探していた。


もともと方向音痴な私はスマホを見ても場所がわからず迷いまくっていた。


その時間のバスを見逃すと始めにでるお目当てのバンドの演奏には間に合わないので私は必死だった。


でもそろそろ約束の時間になろうとしていた。


人混みの多い交差点を渡っていると右側を歩いていた青年がよろけてきて私はぶつかった。


ぶつかった反動と重い荷物に体が反転し歩く方向とは違う方向を向いたが転びはしなかった。


その向いたその先のビルとビルのあいだに『薔薇』


と書かれた看板が見えた。


「喫茶店があった!」


と私は笑顔になった。


青年は謝っていたが私は逆に感謝しか考えられず。


「こちらこそ」


などつじつまがあわないことを言って喫茶店に急いだ。


喫茶店の中では6人の友達が待っていて


「遅いよー」


「間に合って良かった」


などの声をかけてくれた。


モーニングを食べる時間はなかったが、アイスコーヒーをのんだ。


深みのある香りがいい美味しいアイスコーヒーだった。


友達たちは私を待っている間、この薔薇という喫茶店のモーニングとコーヒーの美味しさをsns上にアップして時間を潰していたらしい。


だけど私はバスに間にあって良かったと上の空だった。


そしてなによりぶつかってきて店を見つけさてくれたあの青年に感謝した。


フェスに間に合い私は、お目当てのバンドの演奏中にできた興奮のサークルムッシュの中でわやくちゃになって楽しんだ。


もちろん方向は気にしないで。



2,薔薇


ここに店を構えて10年になる。いつも美味しいコーヒーをと裕福ではない経営状態だが毎日頑張っていた。


その日は朝からなかなかの客の入りにやりがいを感じていた。


大きな荷物を持った男女6人という団体が入ってきた。待ち合わせ時間があるのか長時間、店の3分の1の席を取られてはいた。が、


追加のドリンク等をよく頼んでくれて売上的には問題はなく有り難い限りだった。


一人では忙しくなったので朝のバイト学生に残業を頼んだ。6人の団体から


「ここ美味しいのでsnsにのせていいか?」と聞かれたので


「こちらこそよろしくお願いします。」


と答えた。


その後彼らの待っていたであろう男性が勢いよく入ってきて7人はお代を済まし出ていった。彼が遅れていたのはすぐにわかった。


彼を待っている間に6人が上げたこの店のsnsがフェス行きのバスの待ち合わせの方々に共感をえて、その日は1日中大きな荷物を持つお客様で満席状態が続いた。


もちろんあの6人に感謝したし、遅れてきたあの男性にも感謝した。


あれから美味しいと評判を頂いて、来客が増え売上は上向きになっている。




3,バイト


デザイナーの養成学校にかよう私は、学費の足しにと早朝に薔薇という喫茶店でバイトしている。


店は店長とバイト2人で営業していて私は週に4回4時間程度勤務していた。


他にももっと割のいいバイト先はあるが、


店長は


「デザインの勉強を一番にしながら空いてる時間で勤務していい」


と言ってくれる優しい方なので、このお店でのバイトは気に入っている。


その日はいつもそこまで忙しくないお店が「snsでみたんですけど…」


と大忙しな日だった。私はデザインの課題の提出日だったがギリギリまでなら残業できると、普段優しくしていただいている店長の残業願いを受けて残業した。


残業を終えて電車で30分の学校に向かう。その間に提出課題のデザインをチェックしていた。


「ここ空いてますか?」


上品そうな女性が座ろうとして横にきた。


電車は進む方向に2人座りで私は課題に夢中だったため隣の席にまでデザイン画が進出していたのを集めながら


「すいません」


と一礼した。


女性は笑顔で頷いて横に座った。


私が課題に集中して一段落ついた時横の女性が私のデザイン画を手にとり見ていたことに気づいた。


「あっ落ちていたのでつい」


と女性は私にデザイン画を渡しながら言った。「いえ!ありがとうございます」


私は落ちていたのを拾っていただいたお礼を述べた。


「面白いデザインだね。まだ学生さんのようだけど?」


と女性は話しかけてきた。私は


「そうです」


と答えた。女性は


「就職先がまだ決まっていないのなら一度お話しせんか?」


と名刺を差し出された。名刺の会社は有名なアパレル会社で、役職が専務となっていた。「えっ!!是非是非…!」


私は嬉しさのあまり大きな声で慌てて言った。後ろに座るサラリーマンであろう人に


「うるさいですよ」


と言われた。


すぐに後ろを振り向いて謝まると


「気をつけてくれたらいいです」


と優しくなった顔で言われた。すぐに座り。その光景をみて笑う専務さんと話の続きをした。


残業のおかげで偶然電車で素敵な出会いがあった1日、そして残業を頼んでくれた店長、薔薇というバイト先に感謝している。


その後学校を卒業して私は専務とその会社で充実して勤務している。


まだまだ卵だけどデザイナーとして。






4,冷静になった男


私は大事な商談を今日にひかえて数日前からピリピリしていた。


当日のその日、電車でデザイン画を一心不乱に楽しそうに書いている学生らしい女性の


すがたを見つけ後ろの席に座った。


私も


『あんな風に仕事を楽しんでいたことがあったな~』


などと思ってだと思う。席に着くとすぐpcを開きもう一度商談の資料に目を通した。


するといきなり前の学生風の女性が大きな声を上げた。資料に夢中になっていたため少しイラとしてしまい


「うるさいですよ」


と言ってしまった。女性はすぐ席を立って振り返り素直に謝って来た。


それを見て私もすぐに冷静になり自分の行いを反省した。と同時に女性の顔をみて自分の娘が目に浮かんだ。


娘は今この子のように何かに夢中になっているのだろうか?


『仕事さえうまくいけば出世もでき家族も養える』


と何年もまえから毎日毎日残業残業を重ねてきた。がそう思えば思うほど家族とは疎遠になっていった。


家に帰っても仕事仕事で家族との時間をもたなっかたからだろう。娘とはもう同居人位の会話しかしなくなった。


『私は今までなにをしてきたのだろうか…家族の為だといいながら自分の為だけに仕事をしてそして今は仕事に楽しさなど感じず。ただそれに飲み込まれ幸せを見失ってているのではないだろうか。』


私は急に虚しさを覚え娘と家族にあいたくなった。そして向き合いたいと思った。


『今日は早く帰ろう。そういえば昔、娘はショートケーキがすきだったなあもう過去の記憶だけど買って帰ろう』


いつも駅につくまで開いているpcをいつもより早めに閉じカバンに詰め降りる準備をしようとした。


そのとき横の席の下に落ちていた財布を発見した。誰か困っているかも知れないと思い財布を駅員にとどけ私は会社にむかった。あの夢中にデザイン画を書いていた学生に怒って冷静に反省できた。


そのおかげで娘、家族をおろそかにしている私に気づけたことに感謝している。


あの日の商談がうまくいったかどうかはおいといて、ショートケーキはうまくいき、今は家族とともに楽しく過ごしている。



5,財布


その日の昼間、私は目的地についてその人に渡すためのお金が入った財布がないのに気づいた。


電車の中に財布を忘れたかもと私は思った。なのでその方にここで少し待って頂くように頼んで駅に戻った。


おりた駅の駅員に落ちていなかったかを聞いた。


「ありました。先ほど男性の方が届けてくださいました。本人の確認の為にいくらはいっているかお教え願いますか?」


と駅員はきいてきたので私は


「交通事故をおこして息子から50万いるから持ってきて欲しいと電話があり銀行でおろしたままの袋に50万と帰りに買い物をしようと思って2万円の52万円ほどです。年のせいか最近物忘れが激しくなってきてカードの枚数などは覚えてません。事故のため動けない息子の代わりに息子のお友達がお金をとりにそこで待っているので早く財布を返して頂けまると助かります。」


と答えた。


駅員は少しあわててどこかに電話をした。そして息子の友達の待っている場所、服装を聞いてきたので答えた。


私が詐欺に引っかかっているということに気づいたのは、駅員の通報により捕まった息子の友達ではなかった人と、1年ぶりに本物の息子が迎えにきたときだった。


実は私はアルツハイマーを患っていることを知っていた。


息子では無いかもと思ったことを忘れ、ただ息子を助けたいということは忘れなかったのだろう。


車で迎えにきてくれていた息子と帰りにスーパーで買い物をした。


昔息子が大好きだったソーセージを実践販売していたので買って帰った。


50万は結局だまされることなく帰ってきた。あのとき電車に忘れていなかったら今頃はだまされていただろう。


財布を届けてくれた方に迎えにきてくれた息子に感謝した。


うちについた息子は優しく


「一緒にくらそう」


と言ってくれた。


嬉しかったが迷惑をかけることに気が引けた。だから私は帰ってきたこのお金を元に老人ホームで暮らすことを決めた。




6,ソーセージ


私は食品会社の社長をしている。


先代の父親の時代に開発したソーセージがヒットして今まではそれでなんとか会社を縮小したりしたが持続できた。


だからか、それに甘えて新商品などは考えなかった。


けれど他の会社参入、新しい商品の開発に圧倒され、頼みの綱の先代のソーセージも売れ行き、業績が悪くなり社員も10人足らず工場も1つになった。


次第に社内の雰囲気も悪くなった。


わたしと残った社員は既存の自社商品をスーパーなどの実践販売をしてなんとか少しでも売り込もうとした。


父が生きていれば嘆いていただろう。その日私はソーセージを焼いて小さな器に盛って元気なく


「いかがでしょうか」


と声をだし売り込んでいた。


評判はあまりよくなく惨めな気持ちがこみ上げた。その時、老女とその息子が


「これこれ。あなたこのソーセージ昔好きだったでしょう」


と私の前にたった。私は


「お一ついかがですか?」


と小皿を差し出した。


「大丈夫よ、あの時から味も形も変わっていないのはわかっているから」


と2パック商品をつかみ買い物かごに入れた。「ありがとうございます」


2人は私の前からさりながら


「昔はこの味でよかったんだけど今はケチャップ、ソース、マスタードなどがないとこの味頼りないんだよね」


と息子は老女にいっていた。


『味が頼りないか…』


私はその後ケチャップを小さな器に添えて販売を進めた。徐々に食べる人の評判がよくなってきた。


だんだん嬉しくなり不思議と私の声も弾んでいった。


もうすべて振り切れたように楽しくなった。その声につられてなのか一人の熟女が4パックを買い物カゴに入れ


「頑張って」


と声をかけてくれた。


私は思いついた。


『このソーセージの中にケチャップを入れよう。もしくは小さなケチャップのこぶくろをパッケージにつけよう!そうだまだなにもやってないじゃないか!』


この商品はまだ父親の作ったままで私は何のチャレンジさえしていない。


変化を怖がって守っていくだけでは駄目なんだ美味しく食べてもらえる工夫、美味しいといわれた時の嬉しさを忘れていけないんだ。私は次の日の朝全社員に商品会議を行うとメールをした。


なにも変わらず変化を恐れていた自分に気づかせて頂けたあの親子に感謝している。


次の日私の弾んだ声にみんなつられて白熱した会議が始まり私たちは笑顔にかわった。


「さあここからだ!」






7,熟女


その日スーパーでソーセージの実践販売をみた。


すごく元気な方だったので頑張れなどと思う気持ちもあり4パック購入した。


と私もあの方の元気から自分にも


『頑張れ』


と勇気が欲しかったのかもしれません。


独り暮らしの私には食べきれる量ではないのでお隣の一人暮らしの私と同じ年代の男性にお裾分けする事にした。


ソーセージだけではとさっき作った肉じゃがと一緒にもってチャイムを鳴らした。


男性が出てきて私に挨拶をしてくれて


「どうしました?」


と声をかけてきた。


「あの~これ良かったら食べませんか?」


と答えた。


「いつもすいません、良かったらお茶でもいかがですか?」


「ありがとうございます」


そう私は年甲斐もなくこの隣の男性に恋をしているのです。


最初はマンションで出会い挨拶だけでした。がお互いに独り身だということで盛り上がり『今ではお裾分け』


という名目で彼とこうして部屋でお茶をしたりできる関係にまでなりました。


でもこの年まで独り身なのでこれ以上進む勇気がもてませんでした。


『もう今更、私なんて』


そう思うといつも後ずさりしてしまい。こうしてお話して、お茶をすることで満足と思って言い聞かしていました。


でも今日はあの実践販売の方に勇気をもらえた気がして…


「もらったケーキがあるんですが?いかがですか?」


「すいません逆にお気をつかわしてしまって」


「いえいえ。いつも本当に美味しい料理をいただいて本当に助かってます。


私はほとんど買ってきたお惣菜ですので、いつもいただくあったかい手料理がなにより嬉しいです」


「そんな喜んで貰えるなら毎日でももってきますよ」


と私は精一杯の笑顔で答えた。


「ありがとうございます。でもこらからは持ってきていただかなくていいですよ。お隣さんだというだけなんで…」


彼は言葉をとめた。


『私はひょっとして迷惑なことを彼にしているのかもしれない』


『実は嫌われているのかもしれない』


ネガティブな過去が頭に浮かぶ。いぜん私は長くお付き合いした人がいた。


「結婚してください」


その言葉をその男性から待つだけで私は嫌われないように気をつかい尽くすように付き合った。


だがあげく


「面白みがない」


などの理由で縁は遠のいた。


それからこの年になり結婚なんてもう諦めていた。


が彼と出会い恋をして1人が寂しいと思えるようになった。


その彼にも嫌われてしまってるのか。しょうがないと思ってテーブルを立とうとしたときチャイムがなった。


「大越運輸です~」


彼は慌てて立ち上がり玄関へ行った。私はテーブルの上のソーセージに目がいった。


『やっぱり嫌だ!ダメでもいいからもう以前の様に待つだけでなく勇気をだして気持ちを伝えよう』


玄関にいったはずの彼はなかなか帰ってこなかった。


それも幸いして気持ちがそう整理できた。


「お待たせしました。いやートラックに荷物を一つ忘れたと言うもんですから一緒に下までとりに行きました!どうしても早く欲しかったものですから。」


彼は笑顔で言った。その顔をみて私は不思議と落ち着き


「あなたが好きなんです。だから私はあなたに食べてもらいたくて、いえ、あなたに会いたくて料理を作ってるんです。」


と告白した。


いつも待つばかりだった私はもういなかった。この年でなどいう私ももういなかった。


机の上のソーセージと元気な実践販売の男性に勇気をくれてありがとうと感謝した。


「ありがとうございます。先に言われちゃいました。私もあなたと同じ気持ちです。


これからはこの家で作って下さいと告白するために、このまえ新しい調理器具一式を買って今届いたところです。


もしよければこれからはこの家で作って一緒に食べませんか?」


と彼が言った。


その答えは私のそれからの幸せとなった。






8,大越運輸


早くに母をなくし父一人子一人で暮らしてきた。


個人タクシーの運転手の父は仕事がいつも忙しく裕福ではなかったが、父はいつも私のこと、家のことをよくしてくれた。


尊敬できる自慢の父親だ。


高校をでた私は大越運輸という会社に入社した。


小さいながらもアットホームで良い会社だった。5年勤務して主任という役職もいただいた。


あとは幸せな所帯を作り孫の顔を見せて父親を安心させて、今まで迷惑かけた分の恩返しがしたかった。


そしてその日いよいよ高校から付き合っている彼女とともに結婚を報告しに会いに行くと父親に約束していた。


浮かれていたからなのか日頃失敗しないようなトラックに荷物を忘れるといったミスを最後の配達先でしてしまった。だけど配達先の住人は


「そういう時もあるよ、少しでも早くその荷物が欲しいから下まで取りに行ってもいいかな?」


と何度も


「私が運びます」


と断ったが結局その方は下まで取りに来てくれた。すごく印象がいい優しい方だった。


奥さんはきっと幸せだろうなぁ。と思いながら帰るため本社にトラックを走らせた。少しすると


「ドーン!!!」


私が通ったすぐ後ろで、右側から一車線の信号がない十字路の角のガードレールにトラックが突っ込んだ。


私は車を止めて運転手を見に走った。


幸い口が利けている。すぐに救急車に連絡した。


あと少し私があの配達先を出るのが遅かったら私の側面から当たっていただろう。


あの方が下に荷物をとりにきていただけなかったら


『私は…』


と思うとゾッとした。


それと同時に私はあの配達先の優しい方に心から感謝した。


「ピロピロ~」


携帯がなった。父親からだった。


「今大津町1-3を走っているんだがどうやら事故で通行止めのようで少し急いでいるお客様を乗せているんだ。これを避けるための道を知らないか?」


「そうなんだ!僕はその事故の目撃者なんだ!」


「えっ!お前は、体は大丈夫なのか」


「それがいい人にであったおかげですんでのところで大丈夫!また夜話すよ!道だったね!そこから2-5の方に出て少し遠周りだけど南にでればこの時間ならガラガラの道にでるよ、目的地はわからないけど確実に今よりも早くいけると思うよ!」


「すんでのところ?本当にお前体は大丈夫何だろうな?新妻に心配かけることだけは…」「僕は本当に大丈夫だよ、それより父さんも運転気をつけてね、じゃあまた後で」


父親との電話を終えてあらためて父の優しさに感謝した。


その夜結婚の報告をして久しぶりに父と飲み明かした。新妻に心配かけるほど。






9,父


「少し急ぎでお願いします。」


そう言ってタクシーにのりこんだ。


その日私は急に病体が変化した子供の緊急手術のために休暇だったが主治医として病院にむかった。


難しい手術を必要とする場所に脳腫瘍をもつ男の子だった。


病院まで普通なら30分程度でつく、病体の変化にもよるが手術はさけれないだろう。


難しく自信がないためなのか。


なんとか早く病院にという気持ちが私を焦らせた。乗ってから10分たった。


「事故ですね」


運転手はいった。


「何とかならないですか?」


と私は答えた。


「息子にきいて見ますこの辺の運輸会社の配達員でこの辺を知り尽くしていると思うんで、運転中の為スピーカーにしますがご了承下さい」


「ええ。かまいません」


運転手と息子の会話が聞こえた。


暖かな心と心が触れ合うようなそんな会話に聞こえた。


「大丈夫です。今より早くつけますよ」


運転手はいった。


「本当に大丈夫ですか?」


失礼と思ったが私は不安を口にした。


「必ず大丈夫です!」


運転手は息子のいう方向に車を走らせた。息子言った通りガラガラの道にでた。予定より早くつくことがわかった。


『ホッ』


としたがこれからの手術を考えると手のひらが汗ばんだ。


私は自信のない自分を落ち着かせようとしたのか運転手に話しかけた。


「息子さんの言った通り早くつきそうですね。それはそうと息子さんと仲がいいんですね」


「ありがとうございます。そうですね。早くにかみさんを亡くして。


いたらいとこだらけなこんな父親をいつも優しく大切に思ってくれる。


本当に優しい子で自分で言うのも恥ずかしいですが私の自慢の最高の息子です」


照れ笑いしながら運転手は言った。


その笑顔は結婚して6年子宝に恵まれない私には羨ましくもありそして微笑ましかった。


病院につくとすぐに着替えて手術室に向かった。


その途中子供の両親が泣きじゃくりながら私に


「先生お願いします、お願いします…」


とすがるように何度も声をかけてきた。


私はそれをみてあのタクシーの運転手の笑顔を思い出した。


『このご両親にもあんな顔をしてもらいたい』


と強く思った。


先ほどまでの手汗はとまり、手の感覚が鋭くなった気がした。


手術室の子供の顔をみて


「両親の笑顔のためにも君は生きるんだ」


と言葉をかけた。


そういう気持ちをくれたあのタクシーの運転手に感謝している。


長時間の手術は成功した。


子供の両親は私に感謝しながらまた泣きじゃくっていた今回は笑顔で。


疲れて家につくと家内が玄関まで迎えにきて鞄を持ってくれた。


「成功したよ」


と妻に私は声をかけた。


「じゃあ今日はふたつの成功のお祝いをしましょう」


と家内はお腹をさすりながら笑顔で言った。私は笑顔ですぐに渡した鞄を取り返した。


私も運転手にまけないぐらい照れ笑いをしたくなった。






10,何年後かのその日


「今日は昨年世界をどん底に突き落としたパンデミックを引き起こしたララウイルス。その特効薬、ワクチンを開発した赤坂実さんのノーベル賞受賞の記者会見があります」


テレビをつけると全部そのニュースだった。「先生今のお気持ちは?」


記者がきく。


「私は幼い時に難しい脳腫瘍を患いました。死の危険が迫った手術だったのですが医師に助けて頂いた。でも…もちろん、その医師には本当に感謝ています。


が…もっと色々な人にも感謝しなければという気がしたんです。そしてその色々な人々、世界中の人を、今度は私が救える人間になりたいと思えるようになりました。


なのでこの賞は、私一人で頂けたものではなく皆様のおかげで頂いた賞だと思う感謝の気持ちしかありません」


「偉い人は言うことが違うよね、若いのに立派な人だよね」


と一緒に若い学者の記者会見を、テレビでみていた妻に言った。


「そうよね。あの特効薬とワクチンのおかげで何億人も救われたんだから私達が感謝だよね」


「ほんとに!今の助かったこの世界にもこの若者にも感謝だね」


と二人で共感した。


「ちょっとエミ遅くないかい?」


という私の言葉に妻は反応してテレビを消しながら


「そうね~」


といった。


「ちょっと下までみてくるよ」


と私は言いながら玄関にむかった。


「そこまでのお使いなのに心配性なお父さんだこと」


妻は先々月産まれ昼寝している息子の頭を撫でながら言った。


マンションの自動ドアの前につくと5歳の娘が外で泣いていた。私は急いで駆け寄って


「エミどうした?」


と聞いた。エミは


「虫が扉の前にいて怖くてはいれない」


と指をさして言った。指の先の壁にはカナブンが止まっていた。


私は怖がるエミに言った。


「カナブンは世界を救くってるんだよ。」


「嘘だ~」


エミは泣き止んで笑いながら言った。


「本当だよ!だってパパとママを出合わせてくれた虫なんだよ」


「本当に?そうなの?」


エミはカナブンを見ながら


「ママのバックにね…カナブンが……」


などの私の思い出を聞きながら。マンションの自動ドアをくぐった。



終わり






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