私の日常

なるるろ

プリン

「おねぇーちゃーん!!」


 二階の部屋でドアも閉めている筈なのに、一階から呑気な妹の声が聞こえてくる。私は掛けていたメガネを勉強机に置いた筆箱に掛けてやり、ぐっと大きく背伸びをしてから立ち上がった。


「何だよこんな夜中に……」


 私は鏡の前に立ち、ボサボサになった髪を適当に手で直してやる。一度だけでもいいから、髪を長く伸ばしてみたいみたい。このくせ毛とかのせいですぐにボサボサになるから、叶わない願いなんだけど。


「げっ……くまが凄いなぁ……」


 受験勉強の為に徹夜をしまくっていたせいだろう。これからは早く寝ないといけない。と言っても今は午前二時。今日はもう手遅れだ。


 そんな感じに私が鏡とにらめっこをしていると、ドタドタと階段を走って駆け上る音が聞こえてくる。

 かと思ったら、バンッ!! と急に勢いよく私の部屋のドアが開いた。思わず体が反応し、私は鏡におでこを当ててしまう。


「おねぇちゃん無視しないでよ!!」


「いてて……ノックくらいしてくれー……」


 私はおでこを撫でながら溜息を付き、何だとドアがある方へと身体を向ける。

 私の妹は仁王立ちをしており、まるで焼けた餅のようにぷくぷくとぽっぺたが膨らんでいた。何故かまだ中学の制服を着ているのにはツッコまないでおこう。


「これっ!!」


 そう言って、プリンのプラスチックケースを私に見せてくる。


 マズイ。面倒事の予感しかしない。でももう遅い。妹が来てしまったらもう遅いのだ。


「私のプリンが食べられてるんだけど!!」


「えぇー……知らないよ……」


 ほら、どうでもいい事だ。

 私は大学の受験勉強で忙しい。妹も高校の受験勉強で忙しい筈なのに……相変わらず呑気な妹である。


「絶対ウソ! おねぇちゃんが食べたんでしょ!!」


「証拠ないでしょ証拠ー」


「ゴミ箱の中にプリンのカップが捨てられてた! これが証拠!!」


 ふんす! と自慢げに胸を張る妹。

 何がどうなって証拠になっているのかは私には理解出来ないが、妹にとっては私が食べたという十分な証拠になるらしい。

 ここまで来たら分かるだろうが、私の妹はとてつもなく馬鹿だ。


「どうせまたお母さんかお父さんが勝手に食べたんでしょー……そんな事で勉強の邪魔しないでよー……」


「そんなことって何!? あれは超激レアなとろけるプリンだったんだよ! わざわざ苦労して朝から並んで買ったのにー!!」


 ムキー! と今度は猿のように怒ってくる妹。夜中の二時を回っているというのに、プリンだけでこんなにはしゃげるとは本当に元気な事だ。


「分かったわかったってもう……。おねぇちゃんが今度買って来てあげるから勉強させてー……」


「あぁーやっぱりおねぇちゃんが食べたんだぁー!!」


「なんでそうなるの……まぁもうそうでいいよ……。ほら、帰って帰って」


 しっしと手で妹を追い払うようにして、私は勉強机に再び座る。そして、もう一度ため息を付いて、筆箱に掛けていたメガネを取り──あれ?


「このメガネを返して欲しければ、コンビニで今すぐプリンを買ってくるのだ! 五百円のやつ!!」


「はぁ……」


 いつの間にかメガネを妹に取られていたらしい。徹夜が続いたせいか、全く気付かなかった。いや、ただただ私の視力が悪いだけか。両方かこりゃ。


「うわっ! 視界が歪むー!!」


「はしゃぎ方が子供か……。ほらほら、度の合ってないメガネを掛け過ぎたら私みたいに目が悪くなっちゃうよー」


 私がそう言うと妹はメガネを外し、ふははははと謎の笑いを出しながら階段を降りていった。途中で滑ってこけたのかドスンという大きな音が聞こえてきたが、聞かなかったことにしよう。


「さて、勉強するかな」


 私は机の引き出しから予備のメガネを取り出して掛ける。これは少し度を弱くしているメガネだから少し違和感があるけど、無いよりかは断然マシだ。

 ノートを開き、辞書を開き、シャーペンを右手で握る。勉強再開──


「──おねぇちゃんっ!!」


「わっ──!?」


 不意に後ろから大きな声で叫ばれたせいで、私は椅子ごと後ろに倒れてしまった。その際に頭を床に打ち付けてしまう。


「いてて……もう……頭打ったじゃん……」


 私はそうやって目を開けると、そこには妹のであろうバックに猫がプリントされたパンツが私の視界に映し出された。


「まだこんなの履いてるの……?」


「べ……別に今は下着は関係ないじゃん!! 見ないでよっ!!」


 妹はスカートを股で挟んでパンツを見られないようにする。一応恥ずかしがってるらしいけど、なら普通にこの場所から退けばいいだけなのになぜ気付かないのか。

 これが私の妹クオリティとでも言っておくとしよう。


「はぁ……それで? プリンを買って来ればいいの?」


「五百円のやつね!!」


「分かったわかった……」


 私は起き上がると、メガネを外して机の上に置く。すると妹はそのメガネすらも回収した。


「五百円のプリンね。おねぇちゃんが買ってきてあげるから、勉強でもして待ってなさいよーっと……」


 私はあくびをすると、地味な灰色のトレーナーと長ズボンのまま着替えずに財布を持ち、妹と一緒に一階へと降りていく。


 玄関まで来た私は、靴を履き、外へ通じるドアへと手を掛けた。


「一応受験生なんだから、テスト勉強でもしておくんだよー」


「分かってるってー! あ、そう言えば──結局プリンっておねぇちゃんが食べたの?」


 私はドアを勢い良く開けて、外へと出る。そして、妹の方へとくるりと身体を向けた。


「限定の割には、そんなに美味しくなかったよね」


 私は扉が閉まる瞬間にそう言い捨てると、鼻歌を歌いながらコンビニへと向かうのであった。

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