現代の旧糸満署の回

「金城さんまだですか?もういっぱいになってますよ」

「まだ大丈夫だ」


 斎藤は金城の「まだ大丈夫だ」とか「少し待て」という言葉にイライラしていた。不良少年なんてものは、ちょっと嚇せばすぐに静かになる。じっとしてい様子を見るよりは早めに威嚇したほうがいいに決まっている。集まってくるものも途中で引き返してくれる。何より集団になったほうが厄介だ。斎藤は黙ってはいたが金城の考え方が理解できなかった。

 

 斎藤は本島から人事異動で糸満署に来た。新人と呼ばれているが、糸満での生活が新人のだけで、経験年数でいうと新人ではない。警察官になってから3年は過ぎた。いくつか大きな事件にもかかわっているし、解決に導く働きをしたこともある。勤務態度もいいほうだと思ってたから、人事異動で別部署に行くとか、遠くに飛ばされるとかまだまだないと思っていた。

 なのに、突然のタイミングで糸満へ人事異動の辞令が出た。

 異動の時期でもない。勤務態度が悪いわけでもない。実家や縁のある場所でもない。人間関係がうまくいってないわけでもない。なのにだ。

 当時の上司になぜ自分が異動なのか?しつこく聞いた。

 何日も何日もしつこく聞いた結果、やっとのこと異動日の前日に少しだけ理由が聞けた。

 全国の現役警察官で選別試験が行われた。最後に残った。

「お前だけだったんだ。お前しかできないんだ」

 上司は、よくわからないすごみで意味の分からない言葉をくれた。


 那覇空港に降りた時は少しだけ心が躍った。なんにしても新生活はいいものだと思う。モノレールで県庁前まで行き、徒歩で県警まで歩いた。見慣れない木々に囲まれながら微妙な高さのビルを眺めた。

 県警に到着すると一人の男が待っていた。髪の毛の少ない額に目鼻立ちがしっかりしているが、少し猫背のため小柄に見える男だった。半袖短パンの恰好は県警ではかなり目立っていた。名前を金城といった。

 斎藤が知っている沖縄顔の感じは少なかった。八王子にいる親戚のおじさんに似ていると思ったくらいだ。県警から金城の乗用車に乗って糸満方面へ向かった。地下駐車場から地上に出て、ビルのガラスに映った時に目を逸らしたくなるほどのぼろぼろの車体に気が付いた。ぼろぼろの軽バスの中は散らかっていて、軽バスだからかもしれないが助手席以外席がなかった。後部座席は段ボールと何かの通信機械でいっぱいだった。

 斎藤は通り過ぎる景色を眺めがら、もしかしたら知っているかもしれないと思い金城に自分が人事異動になった理由を聞いてみた。当然のことのように金城は何も答えなかった。しかし、いやらしい笑顔を見せた。4本だけ目で歯を確認できた。



「金城さ・・・えっ!!」

 斎藤はまた金城に声をかけようとしたが、途中でやめた。斎藤の目に映る金城は人の形をしていなかった。そして、隣に知らない男が立っていた。

 金城と同じくらいの年れに見えたが、斎藤が人生で一度も感じたことのないすごみがあった。

 

 

 


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