第2話 新しい人生
「いやー愉快愉快♪今頃やつら血眼になって俺を捜しているだろうな」
卒業式会場から使えるようになった自前の能力でこんな時の為にスラム街の一角に用意しておいた粗末な部屋で、鬱陶しい鬘からカラコンやドレスを次々と脱ぎ捨てると魔法鞄から男性用の洋服を一式取り出すとウキウキと着替えだした。
「迂闊な女神様々だな」
シナリオ通りにしか動けないと知った時は食事やトイレはどうするのかと、疑問に思ったが、始まってみたら女神が言うシナリオ通りとはシナリオにない行動に関してはノーマーク。
自由に動けるし、女神が見張ってるという訳でもなかった。
理解したとたんにこれ幸いとばかりに本来の姿で冒険者、名前をアッシュとして登録をして金を貯め小さいながらも魔法鞄を手に入れ、そこにアッシュとしての衣装と武器防具をまとめてドレスの下に隠して持ち歩いていた。
侯爵令嬢の引きずるほどに長いドレスの裾を捲りあげる無礼者などいるはずもなく、当然女神にもバレずにすんでこうしてやっと本来の姿で堂々と歩き回れる日が来たのだ。
「実に感慨深い♪」
『ちょっと!あなたその髪の色は何?!瞳だって違うし!何より性別が!!』
突如現れて文句を言いまくる女神の前に立つのは、どこからどう見ても華奢な体に女顔のしかし男性にしか見えない元侯爵令嬢エミーリアの姿が。
『その髪……銀?それとも青?瞳は深い青みたいだけど』
「この髪色な名付けるならシルバーブルーかね?瞳は深海の青だ。ついでにいえば性別は生まれた時から男だが?」
『嘘!?あの胸は?あの腰は?』
「あっちの世界には女装に使える小道具が色々あるんだよ」
『そ、そんな……バカな……』
「だいたい俺が通っていたのは男子校だ。女がいるわけないだろう」
『えっ!?男子校?それ何?』
「………ああ、乙女ゲームしかやったことないから、男子だけが通う男子校の存在を知らないってか?……………アホか!!」
『ヒッ!』
「とにかくあんたとの契約は完了した。これ以上、俺に関わるな。3つの約束、忘れたわけじゃないよな?」
『も、もちろん覚えているけど………』
「けどなんだ?」
『セカンドシーズンが』
「エミーリア出て来ないよな?」
『うっ!』
「ファーストシーズンと呼ばれる『光の乙女。愛に生きたいの』はダサいタイトルだし乙女ゲーなんて興味なかったからやってないが、セカンドシーズンの方はファーストとうってかわってRPG要素満載の某狩りゲーと乙女ゲーの融合とかって銘打って出された奴だろう?タイトルが確か………『愛に生きる乙女は世界を救っちゃう』とかって、これまたダサいタイトルのゲーム」
『よくご存知で』
「ダチがハマって薦めてくるから試しにやった事があるんだよ。もっとも愛に生きるつもりはなかったから、ただの狩りゲーとして遊んだけど一応ストーリーと攻略対象の名前、愛の邪魔をしてくるライバルの名前に素性。全部、覚えているけどエミーリアはファーストシーズンで主人公の光の乙女より人気が高かったのが、シナリオライターには許せなかったとかで生死不明のままになっていてセカンドでは名前すら出てこない。ファーストでは異母弟なのに養子となっていたタリスは実子になっていて、エミーリアの存在そのものが無くなっていた」
アッシュのいうゲームはファーストシーズンはそこそこ売れたが、むしろセカンドシーズンの方が爆発的に売れている。
ファーストはノーマルエンドすら必ず男とくっつくし、攻略が他の乙女ゲームより比較的容易いという理由で、時間の中々とれない働く女性には大ウケした。
それに対してセカンドシーズンはRPGを主軸においた事でノーマルエンドでは光の乙女改め聖女として一生独身で過ごすという前作から考えると極端な方向転換に女性より男性にウケた。
操作キャラが光の乙女だけでなく、乙女を聖女へと導く者という役割の攻略対象にして聖職者のルドルフや、同じく攻略対象にして実は魔王のフォトンも選べたのが男性的にもやりやすかったのだろう。
アッシュは魔王フォトンを操作してガンガンレベルを上げたが一切、恋愛関連のイベントをこなさなかったせいでエンディングでは強くなりすぎた魔王に世界が滅ぼされたとダークエンドで終わっている。
バッドエンドにならないのは操作キャラが魔王だったからなのだが、狩りゲーとしては良く出来ていると思ったアッシュはそれを薦めてきた友人に伝えたら、お前のゲームの仕方は間違っていると言われた過去があった。
『魔王でクリア………それもダークエンドなんて……知らなかった!さっそくゲームをやり直さないと』
「………出てくるのも唐突なら消えるのも唐突だな。ところであれはなにしに出てきたんだ?」
首をかしげたアッシュの肩にサラサラと銀色に青い差し色のした髪が流れ落ちる。
瞳は深海の青。
元の世界では黒髪黒瞳に変えていたが、この世界では魔法を使える者は髪や瞳の色に使える魔法属性が反映される決まりがあり、髪と瞳が同色だと魔法を使えないか使えても弱いという設定になっている。
もっとも主人公の光の乙女だけは特別でピンクの髪にピンクの瞳をしているが、ピンクが光属性って流石は乙女ゲー。感性だけで成り立っている。
「銀色の髪に青い差し色で水と金属。瞳は深い青だから氷属性でもあるっと」
金髪に緑の瞳のエミーリアは魔力はあるが魔法の素養がないという主人公をヨイショする為の典型的なヤラレキャラだったから、男に戻ったアッシュとエミーリアの顔が多少似ていても同一人物と思う者はいないだろう。
今まではアッシュとして活動できる時間が限られていたためにランクを上げる事も出来なかったが、これからは違う。
「セカンドシーズンのネタも仕込まれているなら、裏アイテムとかも同じ場所にある可能性が高いな。例のアイテムがある高レベルにならないと入れない海底ダンジョン。いっちょ行ってみるか」
ウキウキと出かける姿を遥か高みから見ている者がいるなど思いもしないアッシュ。
新しい人生も中々、波乱に満ちているようだ。
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