異世界転生つるの恩返し 子供の頃から聞いていたおとぎ話は、ただのおとぎ話ではなかった。鶴は僕に逢うために、生まれ変わって逢いに来てくれた。

まろん ぐらっせ

再会


 バン、バン、ガシャン、バン、バン


 今日も窓の向こうから聞こえてくる。


 その音を聞かなかった日は記憶にはない。


 僕は生まれた時から、その音を聞きながら育った。


 心がなぜか落ち着く音。


 バン、バン、ガシャン、バン、バン。

 

 いつも同じ長さのとても単調な音。


 その音を出しているのは隣に住むおじさんだ。


 僕の師匠になるはずだが、生まれた時から知っているので、僕にとってはただのおじさんだ。


 世間では博多織職人として随分と著名な作家だそうだが、僕には関係ない。


 おじさんは小さい時から機織りのことしか知らない現代音痴だ。


 先祖代々博多織職人で、確か六代目だとか言っていた。


 おじさんはいつも一人で帯を織っている。


 その横で、僕はおじさんの手伝いをしている。


 母さんが言うにはまだ歩ける前から、おじさんの家にお世話になっているそうだ。


 僕が生まれてすぐに父さんを亡くした母さんは、生計を立てるために近くのスーパーで仕事をみつけた。


 まだ小さな僕を保育所に預ける金も無かった母さんが、路頭に迷いそうになった時に助けてくれたのが隣のおじさんだった。


 「俺はどうせいつもうちにいるけん、坊やの面倒見とくよ。

  だから安心して仕事をしておいで」と言ってくれたそうだ。


 その日から機織はたおり機が僕のおもちゃになってしまったらしい。


 だから記憶にはいつも機織り機が存在している。


 女の子がままごとをするように、僕は織物おりものを習った。


 子供がいなかったおじさんは自分の子供のように可愛がってくれた。


 一つひとつ織物とは何であるかも教えてくれた。


 今でも覚えていることがある。


 それはおじさんがいつも言っていた言葉だ。

 

じゅんちゃん、これだけは覚えときいよ。

 伝承でんしょうは古く伝統でんとうは新しい。

 伝承は受け継ぎ伝えていくが、

 伝統は良きものを改良して時代とともに生きる。

 それには努力あるのみやけ……」


 あの頃の僕には何のことなのか全く解らなかった。


 その言葉を聞きながら大きくなっていった。




 僕の家のある早良さわらは福岡市内とはいえ、まだ田舎で周辺は田んぼだらけだ。


 通っている高校も田んぼのど真ん中にある。


 もう寒さを感じ始めた秋の夕暮れの中、いつもの田んぼ道を家に向かって歩いていた。


 イヤフォーンから流れてくる耳に心地よいJポップが、単調な一時を忘れさせてくれる。


 五十メートルほど先に三人の小学生が姿を現した。


 何にやら叫びながら一生懸命にこちらの方に走ってくる。


 親分であろう太った男の子の手は自家製の弓矢を掴んでいる。


 もう一人のやせっぽっちの男の子は、こちらに指をさしながら親分の後を追ってくる。


 そのすぐ右には、おかっぱの女の子が細い男の子に負けないように全力で走っている。


 何のためにこちらに走ってくるのか理解できない。


 三人は僕の横を突っ走って過ぎ去っていった。


 思わず振り返って、過ぎ去った後姿を目で追った。


 目の片端に、白黒の大きな生き物が空へ舞い上がるのが見えた。


 その生き物は五十メートルほど先で翼を広げて飛び立った。


 太った男の子の弓から矢が放たれた。


「やめろー!」

 

 僕は大声で叫んだが全ては遅すぎた。


 矢が大きな翼に突き刺さった瞬間、生き物は大きなうめき声を出して田んぼの中に落ちた。


 まるで戦闘機が撃ち落とされるように落ちた。


 僕は懸命に走る。


 三人は自分たちの捕えた獲物を囲んでいる。


 生き物は魂の抜け殻のように動こうともしない。


 おかっぱの女の子がわめいた。


「わー、死んじょる!!!」


 三人は気狂いのように喚き散らして、一目散に戻ってきた。


 僕を通り超して学校の方向に走り去った。


 田んぼの中に倒れている生き物に恐る恐る近づく。


 大きな翼は見るも美しい鶴であった。


 鶴は長い首を折り曲げて刺さった弓をくちばしで取ろうとしている。


 僕はその首を抑えた。


「大丈夫ちゃ、大丈夫やけんね」

 

 鶴に呼びかける。


 鶴は言った言葉がわかるのか、僕の目を必死に見つめる。


 その美しい目を見つめた時、同じ場面をビデオで見直すような不思議な感覚を覚えた。


「僕はこの場面を覚えている……何処かで……」


 その違和感をふるい落とすように鶴を抱きかかえる。


 一メートルほどある大きな体は思ったよりも軽い。


 鶴を抱えながら田んぼ道を帰る。


 鶴のうめき声を聞くたびに、足並みは知らず知らずのうちに速くなった。


 

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