第8話 運命の歯車。

 わたしはエチエンヌとしての人生を頑張る。なんせ、推しの人生だ。自分のためには頑張れなくても、推しのためになら何でも出来る。勉強もそうだけど、社交も頑張った。17歳の時に味方になってくれる相手は多い方がいい。上級貴族や有力な商人達と円滑な人間関係を築いた。そこは空気が読める日本人気質が大いに役立つ。

 同時に、自分のことも精一杯磨いた。推しを小説よりさらに素敵なレディにするべく、スキンケアも手を抜かない。賢く運動神経も良かったエチエンヌはわたしの日本人的な勤勉さを相まって、どんどん魅力的に成長した。毎朝、鏡を見るのが楽しい。にっこりと綺麗な顔で推しが微笑んでくれるのだから、天国だ。17歳までは大きなイベントは起こらないと思っていたわたしは貴族生活を気楽に楽しむ。

 だが、事態が大きく動いたのは、エチエンヌが15歳の時だ。

 賢く美しいレディになったエチエンヌははっきり言って、めちゃくちゃモテた。わたしの推しなら当然だと思ったが、浮かれたりしない。言い寄ってくるほとんどイケメンは2年後、ヒロインに心奪われる。心が離れることがわかっている相手に心が動かされるわけがない。甘い言葉も全てが空々しく感じた。

 そしてそれは王子に対しても同じだ。王子はどうやら本気でエチエンヌを好きになったらしい。8年も一緒にいれば、わたしもその気持ちは疑っていない。しかし人の気持ちは変る。2年後に婚約者を疎ましく思わないとは言い切れない。わたしは警戒を解かなかった。そしてそれは王子にも伝わってしまっていたらしい。

 ある夜、王子は寝室に忍び込んできた。驚くわたしを抱きしめて、何故、自分の気持ちを受け入れてくれないのかと聞かれる。わたしが家族以外の誰にも心を開いていないことを見抜かれていた。愛している、身も心も自分のものになって欲しいと切々と訴えられて、さすがにわたしの心は揺れた。

 この世界の貴族はたいていイケメンだが、王子のキラキラ具合は群を抜いている。そんなイケメンに四六時中、好きだオーラを全開にされたら石ではないわたしの気持ちは動く。でもそれに必死で蓋をした。一時の感情に流されて、不幸になりたくない。わたしが王子を愛さないことが、不幸を回避するもっとも大切なことだとわたしは信じていた。

 わたしは予知夢を見たことにして、未来の話をする。王子が恋に落ち、婚約者を疎ましく思うと教えた。それがわかっているのに、受け入れることは出来ないと断る。婚約解消を持ち出すつもりでいたのに、何故か魔法で永遠の愛を誓うことになった。心変わりを禁じる魔法の契約書を互いに交わす。逆に結婚を早めることになった。


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