あたしとわたし。~悪役令嬢を幸せにする方法~

みらい さつき

第1話 ある朝。

 15歳の時、両親が離婚した。

 ごく普通の家庭でごく普通に育っていると思っていたあたしは両親が仲の良い夫婦を演じていることに気づけなかった。思春期まっただ中の女子中学生には離婚は世界の終わりに等しくて、あたしは拗ねた。

 グレたのではない。拗ねただけだ。堕落して、自分の人生を捨てるつもりはない。

 拗ねて、一緒に暮らしたいという両親を捨て、母の祖父母と地方都市で暮らすことにした。高校もそこで受験する。

 そして、あたしは17歳になった。毎朝、決まったバスに乗る。

 始発からバスに乗る面子はいつも同じだ。

 20代くらいのOL、40代くらいのおばさん。サラリーマンのおじさんが3人。そしてあたし。毎朝顔を合わせるけど、名前は1人も知らない。声も聞いたこともほとんどなかった。

 でもある朝、見てしまった。OLさんがあたしと同じ本を持っていることを。バックから読もうと取り出したのが見えた。

(マジで? この本好きなんだ)

 今までまったく無縁の他人だったのが、一気に親近感がわく。だが、話し掛ける勇気はなかった。彼女の後ろに座って、読んでいる姿を見て心の中でにやにやする。はっきりいって、ほぼ変態だ。嬉しさが顔に出ないように気をつける。

 その本はよくある異世界召還者だった。

 女子高生が異世界に召還され、王子様と結婚する王道ストーリー。ヒロインは特に何もしていないのに、何故かイケメンたちからやたら愛され、逆ハーレム状態だ。正直、くそゲーならぬくそ小説だと思っている。だが、人気はあった。理由は至極簡単だ。ヒロインはくそだが、悪役で出てくる令嬢がとても魅力的なのだ。最近は悪役令嬢がはやりらしく、悪役の令嬢が幸せになる話も多いが、これは普通の王道ものだ。彼女は報われず、幸せにはなれない。

 あたし的には大変不満な結末だが、そこに至るまでの令嬢の活躍は面白いので愛読書になっていた。途中で読むのを止めれば、何の問題も無い。

 高校入学と同時に転校したあたしには仲のいい友達なんていない。退屈しのぎに本を読み始めたら面白くて、すっかり読書少女になった。だが、好きな本の話をする友達はいない。

(あたしにもっとコミニケーションスキルがあったなら、話し掛けて友達になれるかもしれないのに)

 心の中で、悔しがる。

 だがそんなことを考えていられたのは少しの時間だった。

 ダンッ。

 大きな音がして、衝撃を感じた。身体が打ち付けられて痛いはずだが、すでに感覚が無い。かろうじて見える視界の中に、OLさんの身体が見えた。少し先で横たわっていて、身体の下が真っ赤な血の海になっている。

(あたしも彼女ももうダメだな)

 あたしはあっさり、諦めた。人間はいつか死ぬのだから、それが今だっただけだろう。

(死ぬなら、話し掛ければ良かった)

 そんな後悔が胸を過ぎる。好きな小説の話を一緒にしたかったと思いながら、目を閉じた。

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