冷たいカニクリームコロッケ

家の電気をつけるとなにも待っていなかった。蛍光灯の冷たい青が部屋に寒々しい彩りを添えていく。

テーブルにエコバッグを置き、ぶっきらぼうにジャケットと鞄をソファーに投げつけた。多分に怒りが混ざっていたが、その多くは疲れとやるせなさがソファーに置かれたクッションにぶつかった時の音に混じっていただろう。あんまり響かないところが余計私の心情を書き表しているようだった。

エコバッグの中からおもむろに冷たい弁当と発泡酒を取り出した。ちらりと台所をみるとこばえが飛び交っている。最後に料理をしたのはいつだったか。

発泡酒のプルトップを開けると爽快な音が、今の私には全くといっていいほど似つかわしくない音が響く。それをかき消すかのように一気に飲み干した。

どすんとテーブルチェアに座り、弁当を開けてかき込む。季節の彩弁当とか書いていた。半額の値札をつけられた弁当にさえ彩とか言っているのに、改めて自分の今が色気ないように思えて悔しくなっていった。


「今日も契約ゼロか」

ちらりとみた発泡酒に書かれたゼロの文字に苛立つ。上司の嘆くような声が聞こえてきたからだ。

勿論発泡酒が悪いわけではない。発泡酒は私にノンカロリーを伝えようと必死になっているだけでなにも悪くないのだ。

だが、ゼロという言葉や文字に敏感になっている私の肌には痛すぎたのだ。苛立ち紛れに空き缶を掴み壁に投げつける。かん、という小気味いい音だけ鳴って跳ね返った。

缶の中に残留していた、一口もないほどの発泡酒が私にかかる。

みじめだ。みじめすぎる。

唇を噛み締めながらエコバッグの中からまた発泡酒を取り出して、今日のメインディッシュを取り出す。


タッパ半額の値札を貼られたかにクリームコロッケが出てきた。

一瞬だけニヤリとした。だってあのスーパーでも中々手に入らないものだもの。だがそれは私のなかに広がる砂漠には両手いっぱいの水程度でしかなかった。

口に含むとクリームのほのかな甘みが広がる。なるほどネットでもちょっとした有名なものだ。運が良かったとしか言えない。

そこで「なんでこの運が少しでも仕事にいかないのか」という流れてきた時、今日言われたいろいろな言葉が濁流となって襲いかかってきた。


「やり方が悪い」「何故言うとおりにやらない?聞く気ないだろ」「今日も契約ゼロ、ね」「俺だったらあれ取れたわ」「やる気ある?」


段々とかにクリームコロッケが苦く感じてきた。口の中はこんなに甘いのに。

多分アルコールが足りないからだ、と発泡酒を飲むが、やはり苦い。苦いものを食べたあと甘いものを食べたらなお甘く感じるのではないか。何故。

やっぱり半額で買ったのが悪かったのか。味が劣化していたのか。でも、こんなに美味しいのに。何故。

苦い上に塩辛さも混じってくる。何故。

こんなに美味しいのに。噂通りの美味しさなのに。だってあの有名なかにクリームコロッケなんだぞ。不味いわけがない。不味いわけがないはずなのに。


箸を止めたまま、私は声を出して泣いていた。

だってこんなにかにクリームコロッケが不味いのだから。なにが有名なかにクリームコロッケだ。

どんなに美味しくても、私一人癒せなかったじゃないか。私一人慰めることが出来なかったじゃないか。

半額なのがいけないんだ。ちゃんと揚げたてを買えばこんな気持ちにならなかったはずなのに。

発泡酒も買わないでビールにすればよかった。季節限定の高いやつ。カロリーなんかも気にしないで。そうしたら私一人くらいは慰めることが出来たはずなのに。


嗚呼、どこで選択を間違った?

もっといい選択肢はあったのではないのか。


半分以上噛んだかにクリームコロッケも、手付かずの発泡酒も答えてはくれなかった。






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