第4話 二人の関係

 リュードとの逢瀬は毎日続いていた。

 両親がいない、昼間だけの逢瀬。

 それも、扉を挟んで会話をするだけというものだったが、ミリルにとってその時間はとても充実したものだった。


「そういえばリュードは、魔術を使うことができるの?」


「できるよ、少しだけど」


「すごいわ!

 どんなことができるの?」


「小さな火を出したり、コップ一杯分の水を出したり、かな」


「羨ましいわ。

 私、何にもできないもの……」


 ミリルは暇なときに、部屋に積まれている魔術書を眺めることがあった。

 ほとんどの魔術書は難しすぎて理解できないが、中にはミリルでも理解できるような、基礎的な魔術を扱ったものもあった。

 それを見ながら魔術の練習をしたりするのだが、どういうわけか、一向に発動する気配がない。


「そんなことないよ。

 ミリルは僕の知らない魔術のことを、たくさん知っているじゃん」


「……ありがとう」


 リュードに褒められてしまった。

 今度はもう少し難しそうな魔術書に挑戦してみよう。


「あっ!

 そろそろ、お父さんとお母さんが帰ってくる時間だわ!」


「ほんとだ。

 じゃあ、また明日ね、ミリル!」


「じゃあね、リュード!」


 また明日会える。

 そうわかっていても、この瞬間はいつも寂しく感じる。

 そして心なしか、胸を締め付けるようなこの気持ちが、日を追うごとに強くなっているような気がした。


 それはそうと、リュードと会話をする中で、わかったことがある。

 どうやら、リュードもウィールのことを父、セシルのことを母として認識しているらしい。

 二人は扉のあちらとこちらを毎日行き来しているので、リュードが二人を知っていても不思議ではなかった。

 だが、まさか両親であると認識しているとは思わなかった。


 リュードが嘘をついているとは思えない。


 となると、そこから導き出される結論はひとつ。


(私とリュードは姉弟?)


 もしそうだとするなら、喜ぶべきなのだろうか。

 扉の向こうにいる新たな友人は、実は家族だったのだ。

 それは幸せなことなのかもしれない。


 だが、ミリルの心の中には、小さな引っ掛かりがあった。

 姉弟である事実を認めたくないという気持ちが。


「ただいま、ミリル!

 良い子にしていたかしら?」


 仕事から帰ったセシルを迎える。


「当たり前でしょ」


 嘘だ。

 ミリルは良い子じゃない。

 約束を破って、いつもリュードと会話をしているのだから。


 でも、正直に言うわけにはいかない。

 私が怒られるだけならともかく、リュードにも迷惑をかけてしまうかもしれない。


 姉弟なのに会うことができないというのは、普通ではない事情があるのだろう。

 少なくともそれがわかるまでは、リュードとの関係は秘密にしなければいけない。


「……ねえ、お母さん」


「なに?」


「お母さんは私のこと好き?」


「どうしたの、急に?

 もちろん、大好きよ」


 セシルがミリルのことを抱き締めながら、栗色の髪を撫でた。

 セシルの黄金色の髪が鼻をくすぐる。


「……そっか。

 私も大好き」


 ミリルもセシルの背中に手を回した。

 この温かさを、失ってしまわないように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る