第2話 扉の向こうの声

 ミリルは独りで朝食を食べていた。

 時々、三人で食べることもあるが、基本は独りだ。

 ウィールは、ミリルが起きるよりも早くに仕事へ行ってしまうし、セシルも毎朝のやりとりこそあるものの、一緒に朝食を食べる時間はなかった。


 寂しくないといえば嘘になるが、何年も続けていれば、流石に慣れた。


 ウィールとセシルは、魔術の研究者らしい。

 難しいことはわからないが、二人とも優秀な研究者のようで、仕事では引っ張りだこなようだ。

 今、朝食を食べているこの部屋にも、よくわからない魔術書のようなものが、たくさん積まれている。

 パラパラとめくってみるが、内容はさっぱりだ。

 いつかは両親と同じ景色を見てみたいとも思うが、先は長そうである。


 朝食を終えると、片付けも早々に、地下室の扉へと駆け寄った。

 セシルが出ていってから大分時間も経った。

 つまり、今何をしても、誰にもばれる心配はない。


 独りでいるときに地下室の扉に張りつくのは、既にミリルの日課となっていた。


 怒られたくはないので、両親の前では興味のないふりをしているが、やはり好奇心には勝てない。

 もしかしたら、そんなミリルの好奇心を見透かしているからこそ、セシルは毎日言い聞かせてくるのかもしれないが、それは逆効果というものだろう。


 扉の向こうにはいったい何があるのか。

 それを知りたいという思いは、日に日に積み重なっていった。


「―――!」


「っ!

 また聞こえたわ!」


 扉に耳をつけていると、時々向こう側から人の声のようなものが聞こえるのだ。

 距離があるのか、何を言っているのかまではわからないが、確かに誰かがいるのだ。


 これまでは、ただ耳を澄まして、その声を聞いているだけだった。

 だが、今日のミリルは違った。


 己の好奇心を抑えきれなかった。


「だ、誰かいますか?」


 囁くような、小さな声。

 こんな声では、扉の向こうにいる相手に聞こえることはないだろう。


 だが、ミリルの心臓は激しく脈打っていた。


 扉から離れると、胸に手を当てる。


「はあっ、はあっ、はあっ。

 声をかけちゃったわ……!」


 チラリと朝に見たセシルの顔が脳裏をよぎるが、鳴り止まない鼓動の音が、それをかき消していく。


 両親の言いつけを破った罪悪感はあったが、それ以上に高揚感のほうが大きかった。


 未知の存在に触れようと踏み出した。

 小さくとも、確かな一歩が、ミリルの中でなにかを動かした。

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