お題:塩

「からいッ!」

「な、なんと……」

 味見した味噌汁という名の海水を噴き出すと、調理者の少女は驚愕の表情を浮かべる。

「塩の分量を間違えていないだろうな!? 驚くほど塩辛いぞ!」

「えーっと……あの、言いづらいんですけど……」

 少女はおずおずと衝撃の事実を口にした。

「その味噌汁、お味噌以外に塩分入れてないんです」

「な!?」

「その、塩味に敏感すぎるから特訓をしたいって言われたし、とりあえず刺激なしからーって思ったんですけど……ここまでだとは」

 調理の天才と呼ばれる少女を呼び寄せた原因は、僕の特異体質にある。

 僕の舌は塩分に過剰な反応を示すのだ。

 塩の一粒はもちろん、調味料のほとんどは食べることができない。海に行ったときなんて潮風だけで地獄のような心地だった。

 とはいえ塩分は人体に必須であるため、タブレットを水で流し込んで生活しているが、それにも嫌気が差している。

 藁に縋る思いでさまざまな人に相談を持ちかけているのだが、解決はしていない。そもそも、生まれつきの体質を変えられるような奇跡はそうそう起こり得ないのだ。

「あぅ、どうしよう……」

 今回も、相手を困らせるだけの結果になってしまった。落胆はあるが、それよりも先に謝罪と依頼料を渡さねばならない。

「ご足労いただいて、申し訳なかった。もう、帰っていただいても……」

「今回の分量に含まれる塩分量と水の量から考えて濃度は約0.9%だからそれより塩分量を抑えつつ味を感じるには旨味そのものの濃度を……」

「あ、あの?」

 声をかけても、肩を揺すっても彼女は反応を返さない。思考の海に没頭し、ブツブツと呪文のように調理法の思案を呟き続けている。

「そうだ、これなら……次の試作品を作ります! 少々お待ちを!」

「……そこまで時間を割いてもらうわけにはいかない。天才と目される君には他にも仕事が……」

「美味しい料理を待っている方を前に帰ることはできません!」

 そう言い切る彼女の瞳には、芯の通った光が見えた。自分の為すべきことを知っているかのような強い一本の信条……矜持とも呼ぶべきモノを前に、僕が言うことなど何もない。

「わかった。あまり待たせないでくれよ」

「はいっ」

 客は待てばいい。

 料理人が美味い料理を出してくれると無条件に信じて。

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