お題:剣
「最近、顔を見せなくなったな」
懇意にしている鍛治師の元へ赴くと、彼女はいつも通りの無表情な顔でそんなことを言った。
「そうだっけ?」
「以前は三日に一度は剣の研ぎを頼みに来ていた。魔物退治は廃業したのか」
「あー、そっか。魔物退治はいまでも続けてるよ。ただ、いつも研いでもらうのも悪いと思って、最近は自分で手入れしてるんだ」
剣は使えばすぐに摩耗する。あまり手先が器用じゃないので手入れはいつも彼女に頼んでいた。他の鍛治師と比べても仕事が丁寧かつ素早く、更に剣の様子から戦いの様子を読み解いてアドバイスまでくれるのでとてもありがたく思っている……のだが、預けるたびに「まったく」と呆れたように言われるので、少し来店の頻度を下げようと思い立ったのだ。
「……見せてみろ」
剣を渡すと、彼女は刀身を観察し始めた。
「研ぎ方も悪くない……素人にしては充分だ。戦いも上手くなったな。この分なら、私の手入れも必要ないだろう」
寡黙な鍛治師から珍しく褒められ、嬉しさが膨れ上がった。だが、同時につぶやくような声が少しだけ寂しそうにも聞こえた。
「……けど自分でやるより、やっぱこの店で研いでもらった方が切れ味いいんだよ。お願いできるか?」
そう訊くと、にわかに彼女は顔を上げ、照れるように目を逸らして口元を手で擦った。
「当たり前だ、そんなの。私がこの剣を打ったんだからな。……まったく。仕方のない奴だ」
迷惑がってるというのは、俺の思い込みだったらしい。
凛々しい表情を綻ばせ、彼女は剣と向き合う。
「前みたいに頻繁に来ていいかな?」
「存分に頼れ。摩耗も刃こぼれも、全部私が解決してやるさ」
これ以上なく信頼できる鍛治師に出会えた幸運に。
そして、これから幾度も頼ることになるあなたに感謝を。
「ありがとう」
「ふん。……いつでも待っているぞ」
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