お題:お風呂

「最高だな……」

 修学旅行ということで博物館や遊園地など様々な場所を巡ってきたが、結局のところ温泉旅館のロビーでゆっくりコーヒー牛乳以上の贅沢なんてない。

 広い風呂に入ってゆっくり過ごせば、体の疲れは嘘のように消えていく。古来から湯治が行われてきたのも頷ける。

 このまま静かに……

「はーっはっは!!」

 静かには過ごせそうにない。

「湯上がりも美しい私っ!」

 演劇部のエースが髪の毛を濡らしたまま出てきて、俺の前でかっこよさげなポーズをとる。

「綺麗だけど髪は拭こうな」

「わざとさ! 水もしたたるいい女と言うじゃないかぁっぷしょい!」

「言わんこっちゃない」

 がしがしとタオルで髪を拭き、バッグからドライヤーを出す。

 俺は演劇部で制作担当なのだが、最近はもっぱらこいつのマネージャー担当と化している。

 というのも、ウチのエースは顔が最高級に端正であり、よく通る声と卓越した演技力も相まってどんな役でもこなし、舞台のレベルを数段底上げしてしまう最高の役者である反面、私生活が壊滅的なのだ。

 隙あらば鏡を見るナルシストであり、美しい自分を探すためなら台風の中にだって飛び出してしまうほどのバカだ。

 そして奇行の数々も、周囲の慣れと諦めのせいで「まあ彼女だから仕方ない」となあなあで片付けられてしまうのでタチが悪い。

「ああ、髪がなびく私も美しい!」

「はいはい」

「……最近、きみの対応が雑に感じるのだが」

「そりゃまあ、毎日いろいろ対応してたら慣れるだろ。というか今日に限っても絵画とか銅像と美しさ勝負してたしな」

「やっぱりか! きみ、私の美しさに飽きたんだろう!」

 おっと、めんどくさい気配。

「くっ、まだまだ私の力不足ということか……! すまない、最も近くにいるファンを飽きさせてしまうふがいなくも美しい私ですまない!」

「自己肯定感最強かよ」

 どんなに白い目で見られても自信が揺らがない部分は全人類が見習うべきなのかもしれない。

「アドバイスをくれないか。私を完璧に補助してくれるきみには、完璧な私を見せたいんだ」

「なら、そのままでいい」

 慣れはしたけど、こんな面白くて綺麗な奴に飽きるわけないだろ。

「お前はいつだって綺麗だよ」

「きれっ……はーっはっはっは! 耳まで赤い私も美しいだろう!」

「かわいい奴め」

「はーっはっは……はずかしいからやめたまえよ……」

 素直な言葉には弱い。こいつの弱点だ。

「病気で寝込んでる姿は美しくないからな。今日も早く寝ろよ」

「当然だとも! 明日も最高に美しい私を見せてあげよう!」

 修学旅行という最大のイベントでも通常運転の姿を見て、こいつはきっと生涯このままだろうと確信した。

 誰に補助されなくとも、あいつは自分を貫いていくだろう。「俺が支えてる」なんて驕りを抱かせないほどに、あいつは綺麗だから。

 まあ、置いていかれるまではついていこうか。光に目が眩まないよう、せいぜいがんばって隣を歩くさ。

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