お題:張り紙
「『この先立ち入るべからず』」
玄関口の張り紙の文字を声に出し、靴を脱いだ。
リビングから顔を出した親御さんとアイコンタクトを取る。お母さんが『う、え』と指さす。
階段には、いくつもの張り紙があった。
「『侵入禁止』『危険』『Warning』『通行止め』……」
上に進むにつれ、文字は筆で殴り書いたように激しさを増していく。
そして、ある扉の前。
「『帰れ!』か……直球ですね」
嘆息し、呆れて首をゆるく振る。
「三秒以内ですよ」
猶予を与えたが、部屋からは物音ひとつしない。
僕はスマホを取り出した。
「もしもし? ええ、僕です。実は2-D出席番号8番は小学校四年生の時、お化け屋敷に驚きすぎておも」
「あ゛ーッ!!!」
怪鳥のような叫びと共に部屋から飛び出したのは、染めたばかりの金髪をピンで上げて額には冷えピタ、学校生活ではつけていないメガネを着用し、服装は薄着そのものという油断し切った格好の女子だった。
「お前ーッ!、おま、お前ぇぇぇぇ!!」
「冗談です。けど、次は本当に言いふらしますよ。お化け屋敷でお「う゛ぉああああああ!!」
彼女は僕の従妹であり、学校では一学年下の後輩だ。彼女はいわゆる高校デビューに挑戦した部類の人間であり、努力の甲斐あって明るく友達も多いカースト上位の地位を獲得している。
だが。
「かーちゃんお兄呼ばないでって言ってんじゃん!! あたしの貴重なゲーム時間奪わないでよ!!」
この通り、実際は筋金入りのゲーマーなのだ。
昔、ゲームのやりすぎが原因で視力が落ちたことがショックでゲーム全般を封印し、流行に敏感な女子になると心機一転した……のだが、結局ゲームに立ち戻ってしまったどころか、反動で休日はゲーム三昧となってしまったのである。
「今日は何曜日かわかっていますか?」
「……月曜。祝日だから別にいーじゃん」
「ええ。この三連休、一歩も部屋から出てないことを除けば問題ありませんね」
「あッスー……」
「……外に出ますよ」
腕を引っ張るが、動こうとしない。面倒なので、肩にかついだ。
「さあ行きましょう」
「わ゛ぁー待って待って待ってごめんなさい!! せめて準備させて!!」
ジタバタ暴れるのでいったん降ろすと、脱兎もかくやという俊敏さで部屋に戻ってしまった。
「二十分ちょうだい! 準備するから!」
「心の準備が必要なんですか?」
「だ、だってお兄とでかけるならフルメイクして、コーデも気合入れたいし……」
「なるほど。では待っています」
文庫本を開き、壁によりかかる。何事にも女性は時間をかけるものと聞く。髪型も服装も一定から崩さない僕にはわからない領域だが、わからないからこそ余計な口出しや押し付けはするべきじゃない。
せかさず、ただ待とう。
……と、長丁場を承知だったのだが、従妹は十分も経たずに部屋から出てきた。
見違えるほど綺麗になった姿を見て、魔法のようだと驚嘆する。
「うぅ、外の空気がしんどみ…………ど、どうかな? ホントはもっとメイクできるんだけど、時間かかるから……」
「とても綺麗ですよ。というか、まだ十分しか経っていませんし……もしかして、急がせてしまいましたか?」
「ち、違うの! あたしが……その、早くお兄とお出かけしたかったから」
……我が従妹ながら、本当に驚いてしまう。
こういうのを、魔性と呼ぶのだろう。
「……お兄?」
「いえ、なんでも。では、どこへ行きましょうか」
「んー、モールとか。マニキュア見たいかも」
「ではそこで。……外出できたご褒美で、一色買いましょうか」
「ウソ!? お兄サイコー愛してる!!」
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