お題:トランプ
「はい勝ちー!!」
「うわマジかよクッッッソ!!」
最後に残ったジョーカーを悔しさ全開でベッドに投げつける幼馴染を見て愉悦に浸る。
「スピード、ダウト、そしてババ抜きと三連勝! さぁーて、罰ゲームなにしよっかなー」
「悪い顔しやがって……トイレ行ってくる」
「帰ってきたら覚悟しときなー!」
部屋から出る背中を見送って、あたしはひとり勝利に笑う。
しかし、罰ゲームをどうしたものか。
腐れ縁の幼馴染とくれば、もう代表的な罰ゲームはやりつくしている。あいつのことだし、中途半端な提案をしたら鼻で笑ってくるだろう。
「よし、助け舟を要請しよう」
『おーい』
数秒して、既読がついた。
『なにー?』
『いま罰ゲーム考えてるんだけど、いい案ない?』
『幼馴染くんに?』
『そうそう』
『んー』
『キスでもすれば?』
「はあぁっ!?」
思わず投げ出したスマホが座布団に落ちて、次の通知が来る。
『いい加減、進展させなよー』
『そんなんじゃないし!』
『幼馴染って言っても、中学生の男女があそこまで仲良いと……ね?』
動悸が激しくなる。顔が、顔が熱い!
「ち、ちちちがうし! あたしとあいつはそんなんじゃないし!」
『違うから!』
『お言葉ですけども、三連休に男の家へ泊まりに行っといて何もないは問屋が卸しませんよ』
『家族みたいなもんだから気にしないって』
『どうだかねー』
もったいぶったような口ぶりから飛び出した一文で、あたしの思考は停止した。
『私、幼馴染くんがこの前「好きな人は身近で気心知れてる奴」って言ってるの聞いたよ』
「身近……気心……」
『宙ぶらりんのままはお互い毒でしょ。さっさと確かめた方がいいよ』
『どうやって?』
『言ったじゃん』
続く言葉を待っていると階段を上がってくる音がして、あたしは急いでスマホを隠す。一瞬見えた二文字から必死で目を逸らした。
「罰ゲーム決まったか……ってうわ。なんかヤベーの思いついたんだろお前」
「は、はー? 何が?」
「だってすっげーニヤけてんじゃん」
「にににににニヤけてないしッ! ほ、ほら、目ぇつぶって!」
「うへー……」
なんとか時間を稼ぐが、頭の中は混迷を極めていた。当然、茹だった思考でいい案が浮かぶわけもない。
「怖ぇー……まだかよ、一思いにやってくれよ……」
「ま、待って! 心の準備が……」
「え、そんなに覚悟すんの? 待ってマジかよ」
逃げの作戦を考えても、やめる言い訳を考えても、何も浮かばない。
口ではあれこれと言いながらも、ずっと目を閉じている無防備な顔を前に、胸が疼く。あたしのことを信じ切っていると理解してしまったこの心は、もう答えを決めてしまっている。
この腐れ縁という糸を切るのがどれだけ怖くても、幼馴染という甘くてぬるい関係に浸り続けたくても、
(いけぇ、あたし!!!)
留まっていたら、変われない。
好きなんだから、もっと進みたい。
あたしも、目を閉じて唇を重ねた。
「んぐっ!?」
「んっ、さ、さぁ! いま何したかわかる!?」
「何って……え、おいお前……」
彼は呆然としていた。その瞬間、あたしは後悔と羞恥に全身を支配される。頭は熱くて仕方ないのに、腹の中が底冷えしていく。何かに酔ったような気分だ。
「ば、罰ゲーム! だからさ!」
「……お前にとって、これって罰なのかよ」
その声は少し怒っているようで。
あたしを見る目は、何か寂しそうで。
だけど、じっと。あたしを、まっすぐ見つめていた。
「ゲーム感覚でこんなことすんな」
「……茶化さないとできないよ、こんなこと」
怒んないでよ。
あたしの初めてをあげたんだから、ちょっとぐらい揺らいでよ。
「わかれよ、ばーか」
拗ねたように言った瞬間、あたしはベッドに突き飛ばされた。散らばってたトランプが宙を舞う。
「何すんのさ!」
起き上がろうとすると、手首を押さえられた。鼻先が触れそうなほど、顔が近い。
「お前が先にやったことだろうが」
荒々しくて、でも痛くない。力強いのに、怖くない。
なんだ。あたしもこいつのこと、信頼しきってるのか。
「罰ゲーム、思いついた」
「……なんだよ」
「本心言い合う、とかどう?」
ツーカーとか、以心伝心とか、お互いに言わなくてもわかるなんて仲にはなれない。
けど、駆け引きとか、騙し合いみたいにまどろっこしい真似も性に合わない。
そんな感じなんだ。あたしたちは。
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