お題:巾着

「? なんだろ」

 雨上がりの午後、地面に何かが落ちているのを見つけた。

 しゃがみ込んでみると、それが小豆色の巾着袋だとわかった。水溜りでぐしょ濡れになっている上に、誰かに踏まれたのかぺしゃんこで泥まみれになっている。

「うーん……どっかのおばちゃんが落としたのかな。でも、ここまで汚れてると落とし物として預けられたりするのかな」

 対応に困ってまごついていると、前から走ってくる足音が聞こえた。

「す、すみませーん! それ僕のです!」

 息を切らして走ってきたのは、気の弱そうな男の人だった。彼は躊躇なく巾着を拾うと、心から安心するように深く息をついた。

「よかったぁー……」

「大事なものなんですね。見つかってよかった」

「ええ……ってあっ!? 破れてる!」

 見れば、巾着には引き裂かれたように大きな穴が空いていた。考えてみれば、ぺちゃんこなんだから中身も……

「中は見なくていいんですか?」

「そ、それは大丈夫なんです。小さい頃ばーちゃんにもらった物だから、何かを入れるってよりはお守りみたいな感じで持ち歩いてて……うぅ、直せるかな……”

 泥だらけの袋をとても大切そうに持つ姿を見て、私は自分のおばあちゃんを思い出した。付喪神というのを信じていて、物は長く大切にしなさいってよく言われたものだ。

 失くしてしまっても必死で探し回って、汚れてしまっても拾い上げる。きっと小豆色の巾着は、ずっと大切にされてきたんだ。この人なら、きっとこれからもそうあり続けるはずだ。

「よければ、私が縫いましょうか?」

 なら、少しぐらいは見栄えがいい方が巾着もこの人も幸せなはずだ。

「少しは心得があるので縫い目が目立たないようにもできます。差し出がましいかもしれませんが……」

「よ、よければお願いします!」

「……はい。誠心誠意、綺麗に縫わせていただきますね」


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