お題:時計塔
この田舎町で唯一の観光名所とも言えるのが、高くそびえ立つ時計塔だ。
時計盤のある最上階は沢山の歯車が動くからくり仕掛けとなっていて、危険があるので整備士以外は立ち入り禁止となっている。
私はその時計塔を見上げながら、ある家のドアを叩いた。出てきたおばさんに、私は勢いよく頭を下げた。
「こんにちは!」
「ふふ、今日も元気でいいわね。じゃあ、これをお願い」
渡されたバスケットの中には、サンドイッチと果物が入っていた。
「はい! 責任を持ってお届けします!」
「いつもありがとう。ウチのバカ息子をよろしくね」
「はい! 師匠のことはお任せください!」
私は師匠の昼食を揺らさないように走り、時計塔の螺旋階段を駆け上る。
最上階に着くと、私は胸を躍らせた。機械が動く重厚な音が幾重にも聞こえて、油のキツい匂いが鼻をつく。無骨で浪漫溢れる空間だ。
「師匠! しっしょおー!!」
「うっせぇ!!」
バゴンッ! と私の身長より高い歯車を蹴飛ばして、師匠はオイルだらけの顔を見せた。
「修理中は音が響くから叫ぶなって何回言やわかるんだ!?」
「すいません! お昼ごはんの配達です!」
「あ? あーもうそんな時間か」
時計塔を整備しているのに、師匠は時間を気にしない。同じく整備士だったお父様の影響で、子どもの頃から機械いじりが三度の飯より好きだったそうだ。
思い出したように腹の虫が鳴り始めて、師匠は私のところまで降りてきた。
「ん」
「はい、お手拭きをどうぞ!」
分厚い革の手袋を外して汗を拭う師匠の手は大小無数の傷痕と、それによって鍛えられた強さを感じさせてくれる。私はこの手が好きだ。
「いただきまー……なんだ、食わねぇのか」
「もちろんいただきますよ! けど、その前に……」
私はタオルで師匠の頬を拭く。
「師匠の顔は私が綺麗にしておくので、気にせず食べてください!」
「おう、任せた」
師匠は効率を大事にするので、私の世話焼きも大体受け入れてくれる。いつも汚れや傷にまみれているので、お世話のしがいもある。
「……お前も飽きねえな」
「そんなことありませんよ! 私、ずっとここに来たかったんですから」
「その話は耳にタコができるぐらい聞いてる。俺が言ってんのは、何も教えねぇって言い続けてんのにお前が俺を師匠呼ばわりしてることだよ」
「ああ、そのことですか。いいんです! 私、師匠の隣にいられるだけでもたくさんのことを学んでますから!」
「本当かぁー?」
訝しげな師匠だが、これは本当のことだ。毎日来ているんだから、見ているだけでも少しぐらいはわかってくる。
「歯車の付け外しぐらいならできるはずです!」
「……んじゃ、手伝え」
「えっ!? いいんですか!」
「お前が来た時に蹴っ飛ばした歯車あんだろ。重たいから、汚れ掃除したら運ぶの手伝え」
「喜んでやりますとも!」
私は気合を入れるためにサンドイッチを頬張った。
時計塔は危ないから女の子は入っちゃいけない。
子どもの頃から口酸っぱく言われ続けてきた。
だから私はあなたに弟子入りなんて荒唐無稽なことをしたのです。
ずっと時計塔で一人きりのあなたの隣にいるには、これしかないって思ったから。
ねぇ師匠。あなたは「こんなところ、面白くもねぇだろ」といつも私を遠ざけようとしますね。
知ってるんですよ?
時計塔はあなたがお父様の仕事を継いでから、何回も怪我をしてきた危ない場所。だから私を心配して、そんなことを言ってるって、お母様が仰られていました。
だから胸を張って言いましょう。
私、あなたの弟子になれてとっても幸せです!
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