お題:裏
「みぃーつけた」
甘ったるくて胸焼けがしてくるような声が背筋を撫でる。僕が無抵抗を示すように両手を挙げると、冷たい手が蛇のように首は絡み付いてきた。
「もぉー、なんで逃げちゃうの?」
「殺されそうになって逃げない人間はバカと薬中だけだろ……」
「殺すなんてとんでもない! あたしは愛しいキミがあたしだけを見てるようにしたいだけだよ?」
「見てるって……お前の仕事のためにターゲットの女を監視してたんだろうが」
「うん。嫉妬でお腹がくるくるしちゃったからいつもより雑にコロコロしちゃった。ゴメンね?」
この女は単なる快楽殺人者ではなく、れっきとした暗殺者だ。行動は迂闊そのものなのに、足音の無音化や気配の消し方に天賦の才がある。ターゲットの位置さえ理解していれば、こいつは大統領だって殺してみせる。
世界でも指折りにヤバいこの女に、僕は何故か気に入られてしまった。これは好意なんて安い言葉じゃ片付けられない。偏愛を通り越して、これは依存だ。仕事以外の時間はずっと僕に付き纏い、僕の全てを把握しようとし続けているのだから。
「僕がターゲットを捕捉してるからスムーズに仕事ができるんだろ。お前だけを見てるなんて無理だ」
「うん、キミのおかげで仕事めちゃ捗るよねー。優秀で好き!」
抱きしめられる。普通の女子と同じ柔らかい体で、香水のいい匂いもする。それなのに生きた心地がしないのは、こいつの全身に返り血がこびりついてることを知っているからだろうか。
冷や汗が垂れる。女はそれをねっとりと舐め取った。
「っ!?」
「んふふぅ、おいし……はぁ、キミはホントに優秀だよねぇ。だから余計なことまで知って、裏社会から狙われ続けてるんだよ?」
「……運がなかっただけだ」
「そう! 不幸、不運、理不尽にキミは狙われ続けてる。これまでも、これからも……そいつらから守ってるのは、あたしだねぇ……?」
口角が釣り上がる。その笑顔を病的な、と表現するのは簡単だ。だけど、その言葉じゃ浅すぎる。何せその顔は、どこまでも幸福そうで、どこまでも人を惹きつける。
「キミはあたしなしじゃ生きられない。あたしもキミがいないと生きていけない。社会の裏側、法の外側、闇の内側で二人、ずっとお互い無しじゃ生きられない! なんて、なんて素敵な運命なんでしょう!!」
「ああ、クソ。最高だよ」
逃げられない。逃げる術なんてない。
だったら、もう。
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