お題:カジノ
「やぁ、また来たよ」
スーツスタイルの彼女は、黒のボブヘアを揺らしながらテーブルに座られた。
私は嘆息しつつ、一礼する。
「……ご機嫌よう」
「いいね、内心うんざりしながらも表情は少しも変えない。プロ意識ってやつだ」
「そこまでわかっているのなら、どうかご退席願いたいのですが」
「お断りだ。さあ、いつもの口上を頼むよ」
一介のディーラーに過ぎない身ではあるが、私は少し特別なテーブルを任されている。
「当テーブルはディーラーとの直接対決を行うことが可能となっております。勝負内容はお客様の自由。勝利になられた際の商品もまた、お客様の自由です。ただし、負けた際にはそれ相応の対価をお支払いいただきます」
「了承しているさ」
「ええ。では、勝負なさいますか?」
「もちろん!」
女性は不敵に笑い、テーブルに黒い小箱を置かれた。
「開けてごらん」
「……かしこまりました」
開けると、箱には指輪が入っていた。煌々と輝くダイヤモンドと細やかな装飾のリング。素人目に見ても、法外な値がつくとわかる。
予想していた通りだった。
「キミが勝ったらこれを差し上げよう。私が勝ったら、キミの薬指をこのリングで飾る!」
「お断りします」
「ぬっ!?」
いつも彼女は勝負にかこつけて私に求婚される。通算にして25度目の求婚だ。
「つれない男だ。勝っても負けてもこの指輪は手に入るんだぞー?」
「ルールに反しますので」
「対価は示したぞ?」
「その指輪と私の身柄では天秤が吊り合いませんので」
「ふふん、そんな話か。つまらない冗談だな。この美貌と勝負勘でいつも勝ち続けてきた私に唯一泥を付けた勝負師がキミだ。私の退屈を砕き、この心に火を放った最高のエンターテイナーがキミなのさ! キミが手に入るなら、ダイヤモンドなんて何千個でも差し出せるね!」
そう語る言葉に嘘はない。
長く人を観てきたから分かる。人は表情や仕草は偽装できても、熱は偽装できない。強い感情、昂った心から滲み出る熱意は嘘をつかない。
地位、名声、容姿、財産。何もかもを持っておられる彼女が、二束三文でカジノに売られた奴隷同然の男をここまで欲しがっている。運命というのは奇妙なものだ。
「生憎ではありますが、透明なだけの石に興味はありません」
「辛辣だな。その指輪ひとつにどれだけの人間が食いつくと思ってるんだ」
「貴女も同じなのでしょう?」
図星を突かれ、ニヤリと口元が歪む。
「煌びやかな宝石では無聊を慰められない。だからここに足を運び続けている。違いますか?」
「そこまで読めるキミがますます欲しくなったよ。私の伴侶になってくれ! キミとなら退屈しない!」
「……お断りします」
彼女が愛されているのは、自分を負かせた男。つまりは全戦無敗を守り続ける最強のギャンブラーたる私。
「ここはカジノ。賭けずして得られるものなど、何ひとつとして御座いません」
負けた私に価値はない。
私は勝ち続けなければならない。
明日を生きるために。
この人と、会うために。
「キミの言う通りだ!」
「勝負なさいますか?」
「ああ! 勝って、私の愛を捧げよう!」
不釣り合いなのだ。私たちは。
賭けという場がなければ、話すことすらできない。
勝負という枷がなければ、見つめ合うこともできない。
ギャンブルという熱だけが私たちを繋いでくれる。
勝てば成就せず、負ければ霧散する。
なんて不器用で、素敵な関係だろうか。
「勝負だ!」
「喜んで」
さあ、今日も存分に戦いましょうか。
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