お題:半紙

「書道のコツ、かい?」

「頼む!」

 選択で楽そうだからと選んだ書道だったが、蓋を開ければ俺の成績はドベもドベ。どんな作品にも二重丸を付けると有名な優しい先生が「これはちょっとマズいですね……」と苦笑いしたレベルだ。

 落第なんてことはないにしても、俺にだって危機感はある。多少はマシになっておきたいのだ。

 俺が拝み倒している短髪がよく似合う女子は小さい頃から書道をしているらしく、受賞歴もあるらしい。教えてもらうにはもってこいだ。

「教える立場にいるほど上手くはないけど……いいよ。私にできることなら、力を貸そう」

「本当か! ありがとう!」




「とは言ったけど……これはなかなか」

 口にこそ出さないが、顔に「ヤバい」と書かれている。

 俺だって自覚している。だがどうしたって俺の字は半紙を飛び出してしまう。

「ぐ……この際、ズバッと言ってくれ。俺はどこを治せばいいんだ!」

「本気なんだね……わかった、厳しく行くよ」

「お、おう!」

「まず、何と言っても計画性が皆無だね。文字のバランスが悪い。あとは筆を強く押し付けすぎだ。これじゃ半紙を破りたいのかい? それと……」

 K-1ファイターでも膝をつくぐらいのダメ出しを食らい、俺は机に突っ伏した。

「大丈夫かい?」

「へ、平気だ……むしろハッキリ言ってくれてありがとよ……」

「さて、次に改善方法だね。実際に書きながらやっていこう」

「任せろ!」

「やる気十分だね。まずは肩の力を抜いて、筆を真っ直ぐに……」




「な、なんでだ!?」

「パワーが溢れ出すぎてるね」

 前よりはマシになったが、少し気を抜くとすぐに半紙から出てしまう。

「力加減が苦手なのかい?」

「……その節はある。いままでの人生、勢いだけで乗り切ってきたようなモンだからな」

「だったら、こうかな」

 彼女は後ろに回ると、俺にかぶさるようにして手を重ねた。

「私が動かすから、キミは加減を覚えることに集中して。ほら、肩の力抜いて」

「近ぇ!」

「流石に対面から書けるほど卓越していないからね。少しの間は我慢して」

 頬が触れそうなほど近くに見える顔は真剣そのものだ。

 そう、俺が頼んだから真面目に取り組んでくれているんだ。教わる側の俺が不純でどうする!

(無心無心無心無心集中集中集中集中集中!!)

「筆先が潰れない程度に柔らかく……そう、こんな感じ。上手くできたじゃないか!」

「へ? うおマジか!!」

 目の前の文字を見て、思わず感動してしまった。俺が書いたとは思えないほど綺麗に整った字がそこにあった。

「本当にありがとな! お前のおかげでなんとかなりそうだ!」

「それはよかった。さて、じゃあ二枚目と行こうか」

「おう!」

 俺の力じゃないとはいえ、一応は書けたんだ。この感覚を覚えてるうちに練習すれば自力でも……

「……あの、なんで後ろに」

「一回じゃわかりづらいでしょ? だからもう一回」

(理性を保てよ……俺)

 その後、数十回の練習をこなす頃にはかなり綺麗な字を書けるようになっていた。同時に気絶しそうなぐらい疲れ果てたが。




「あ、特訓終わったの? おつかれ」

「うん。かなり改善されたよ」

「熱血指導してたもんね。手まで握っちゃって……勘違いされても知らないぞー?」

「あはは、ないない。だって私だよ?」

「……罪な奴め」

「?」





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