お題:旅館
「菊の間のお客様、フキノトウ食えないってよ!」
「オッケー、厨房に伝えとく。梅の間は……」
「布団の準備とアメニティの補充だろ!」
「正解っ!」
ここは葛城旅館。源泉掛け流しの温泉と江戸時代からの武家屋敷を改装した古き良き雰囲気が魅力だ。
そして、もうひとつの名物が旅館の一人娘、通称若女将。俺のクラスメイトであり、日夜旅館を継ぐ為に努力している頑張り屋だ。
「ゔぇえん!」
「どうした坊主! 迷子か!? 俺もこの旅館が広すぎてわからん! 一緒に行こう!」
「ぐずっ……うん……」
俺? 単なるクラスメイト兼日雇いバイトだ。
「この子は館内アナウンスで親御さん探しとくね。連れてきてくれてありがとう」
「頼んます女将さん! じゃあな、泣くなよ坊主!」
「うん!」
「バイト君、宴会にこの料理運んでくれ!」
「了解っす!」
「男手がいるとやっぱ楽ね。声も通るし、このままバイト続けない?」
「あざっす! でも学校の成績悪いんでやめときます!」
「素直でよろしい」
館内を東奔西走し、日がとっぷり沈んでようやくバイトが終わった。
まかないで死ぬほど美味いメシを食って、そのまま名物の温泉で温まって、このあとは空き部屋で就寝できる。正直、金をもらうのが申し訳ないほどの待遇だ。
湯上がりに部屋でくつろいでいると、襖がノックされた。
「はーい?」
「よっ」
顔を見せたのは、我らが若女将だ。
「お邪魔。今日はありがとね」
「そりゃこちらこそ。マジで至れり尽くせりだし、ありがてぇ限りだな」
「ふふ、実は板前さん、けっこう張り切ってたんだよ。元気なのが来たからたらふく食わせてやるんだーってさ」
「へー! いやめっちゃ美味いから3回おかわりしちまったよ」
「でしょ! みんな褒めてたよ。仕事覚えるの早いし、何より元気だって言ってさ……よかったら、このまま続けない?」
「いやー……昼間にもそう言ってもらえたんだけど、俺って成績悪いだろ? 勉強もしないとやべーかなって」
「そんなの、私が教えてあげるよ。これでも成績上位よ?」
「さっすが若女将。こんなに働いて勉強もできるなんてすげーな!」
「えへん」
「けど、そこまでしてもらうのは流石に悪いな。嬉しいけどさ」
「……そこまでしてあげる意味を考えてほしいかな」
不服そうに頬を膨らませるのを見て、俺は首を傾げる。そしてもう一つ、疑問に思っていたことを思い出した。
「そういや、この部屋って布団二つ敷かれてるよな? もう一人、誰か来るのか?」
「もう来てるじゃん」
「……ん??」
思考がバグる。真っ白になった俺と対照的に、若女将の顔は紅潮していた。
「……いっつも、困ってたら助けてくれるでしょ。どんなに小さいことでも、どんなに大きいことでも、助けを求めたら絶対に来てくれる」
「お、おう。困ってる人を助けるのは当たり前だろ? ……つーか、みんなからは余計なお世話って言われることのが多いけどな」
「そうやって言われても助けようって思えるから、凄いんだよ」
寄りかかってきて、肩に頭が乗せられる。髪からは、椿の匂いがした。
「だから、好きになったんだよ」
「お前……」
「下心で誘ったわけじゃないよ。人手不足は本当。……でも、従業員のみんなとお母さんが変な気ぃ回してさ。精のつく料理作ったり、布団並べたり……ここまで背中押されたら、もう告るしかないじゃん……?」
耳まで真っ赤な顔の熱さが、肩越しに伝わってくる。きっと、死ぬほど緊張してたはずだ。心臓が爆発しそうになりながら、言ってくれたんだ。
「わっ、私何言ってんだろうね! ごめん、変なことしちゃって。こんなことされても困るだけだよね、本当……」
「……俺、ずっとお前のこと尊敬してたんだ」
「えっ……ありがと……?」
「素直だけが取り柄の俺と、将来見据えてるお前とじゃ釣り合わねーと思う」
これが俺の正直な気持ちだ。
「っ……そ、そうだよね。急に告白されても、困るだけで……」
「でも好きだ!! 俺の恋人になってください!!」
ここで日和ってちゃ男が廃るだろうが!
顔を見合わせる。泣きそうだけど、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「ばーか。一瞬ヒヤッとしたじゃん」
「すまん」
「いいよ。そういうバカなところが好きなんだしさ」
結局、俺たちはそのままとりとめもない会話を続けて、二人揃って寝落ちした。
そして翌朝。
「昨夜はお楽しみだった?」
「お母さん!!」
「断じて! 断じてそんなことは!!」
「でも一緒に寝たわよね? 部屋から出てないの知ってるわよ」
「それは、その……」
「添い寝しましたすみません女将さんッ!!」
「言うなバカぁ!」
「ウチの旅館も安泰だわ。娘をよろしくね」
「はい!!」
こうして、俺のバイト継続が決まった。おそらく、終身雇用だ。
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