お題:木刀

「ふッ」

 振るった木刀が風を斬る。

 愚直に素振りを続けること3年。最初はまっすぐにすら振るえなかった細腕も、少しは様になってきた。

「やるじゃん」

 私が話しかけると、彼は素振りを中断して汗を拭う。

「来てたのか。すまん。気づかなかった」

「別にいいよー。……本当、大きくなったよね」

「お互い様だろ。同い年のくせに保護者ヅラすんな。……それに、俺なんかまだまだ未熟者だ」

 握った木刀に落とした目は、ここではない遠くを見ていた。

 私も同じ。この木刀を見ると、遠い日を思い出す。

「三回忌だね。おじいちゃん」

 無言で頷く壮健な顔が、とても寂しそうに見えた。

 両親が事故で亡くなって天涯孤独になった彼を引き取ったのは、私のおじいちゃんだった。彼の祖父とは親友だったみたいで、よく私たちに思い出話をしてくれた。

 その中でも一番楽しそうに話すのが、この木刀に関する話だ。この木刀はおじいちゃんのおじいちゃんから代々使われ続けてる立派な一振りだ。鍛錬用なので中には重りが入っていて、おじいちゃんは学生の頃にこれを振り続けて体を鍛え、道場で一番になったそうだ。

「健全なる魂は健全なる精神と健全なる肉体に宿る。爺さんの口癖だ」

「言ってたね。現代であっても最後に頼りになるのは自分の体だ! ってさ」

「そうそう。懐かしいな……」

 彼は家に上がると、木刀を仏壇の前に置いて手を合わせる。私も、隣に座って同じようにした。

「爺さん。約束はまだ果たせそうにないけど、見守っててくれ」

 線香の煙が小さく揺らぐ。

 厳しかったけど、とても優しい人だった。必ず私たちを見守ってくれるはずだ。

「……ところで、約束って?」

「言えない。爺さんとの約束だ」

「えー? そろそろ教えてよ」

「駄目だ」

 ぶーぶーと文句を垂れてみるが、実際のところ。私はその約束を知っている。

『孫娘を守れる男になりたいなら儂を倒すぐらいはしてみせんかッ!』

『やってやらァ!』

 ずっとずっと小さい頃に偶然耳にしたそんなやり取りから数年後、おじいちゃんは亡くなった。

 倒すことができなくなったなら、超える方法はただひとつ。納得できるまで続けるしかない。

 きっと君は木刀を振り続ける。

 けど、それは無闇な修行じゃない。

「待ってるからね」

「……長くはさせない」

 きっと、自分なりの目標を明確に持っている。だって、最近の君の目はおじいちゃんにそっくりだ。

 ちゃんと待ってる。

 だから早く、守りにきてよね。

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