お題:鬼

「ほ、本当に鬼なんだー……」

「あァ? さっきからそう言ってんだろ」

 実家の寺の裏山で拾った行き倒れの少年は、日本の角を額に生やしていた。起き上がった瞬間はだいぶ警戒していたが、空腹に負けた現在はウチの米を食いつくさん勢いで食事を摂っている。

「俺みたいなのは特徴を隠し、テメェらに溶け込んで生きてる。テメェには見られたから関係ねぇけどな」

「どうしてあんなところにいたの?」

「墓参り」

 言われて思い返すと、彼が倒れていた近隣には大きめの石がいくつか積まれた場所があった。

「もしかして、あれって無縁塚?」

「……俺の両親だ。隠れ住む俺たちに戸籍はねぇ。死んだって、立派な墓すら建てられねぇ」

 そう呟く少年は悔しそうに拳を握りしめていた。

「寺の裏に作ればちょっとでもそれっぽくなると思った……気分悪いだろ。仏さまのすぐ裏で、俺みたいな化物が墓参りしてんだからよ」

「いやいや、そんなこと言わないで。誰だって、大切な人ぐらいちゃんと弔いたいじゃんか。……それに、私はよく知りもしないうちから人を化物扱いしたくないかな」

「……ずいぶんと甘い環境で生きてきたんだな、テメェは。まあいい。どうせ明日にゃこの地域から出ていくしな」

「え、なんで?」

「言ったろ。隠れて生きてるんだ。正体バレたら逃げるしかねぇ」

「でもそれじゃあ、ご両親のお墓は……」

「……仕方ねぇだろ。俺の親だって、そうやって生きてきたんだ。剛力乱神が通用しなくなった時代から、鬼は大事なモノを手放さねぇと生きることすらできなくなったんだよ」

 普通に生きていれば知りようもない『鬼』の現実を語る少年の姿は、あまりにも悲しいもので。怪力を秘めているはずの背中が、とても小さく見えた。

「ま、待って! その、きみさえよければいつでも来ていいからね!」

「……身の上話で同情でもしたか。ンな安い感情に絆されて裏切られた同胞を俺は何人も見てきた」

「うん、同情だよ。だけど、それは身の上聞いたからじゃない。自分が倒れそうになってるときにも墓参りにくるほど優しい子に、両親の墓を捨ててほしくないからだよ」

 親を失った悲しみは決して癒えることはない。一生消えない傷と、なんとか折り合いをつけて痛みを耐え続けるしかない。鬼だって同じはずだ。だって、切って捨てることができるなら墓すら必要ないんだから。

「私は尼さんでもないし、お経も満足に唱えられないけど、死者を悼む気持ちに貴賎がないってことはわかってる。人でも鬼でもそれは同じだよ」

「…………」

「捨てるなんて言わないで。私を信じなくていい。二度と姿を見せなくていい。だからせめて、お墓参りだけは続けて」

「……お人好しが」

 彼は窓から飛び出し、姿を消した。

 翌日、私は墓石を掃除して、お花と線香をお供えした。私にできることは、たぶんそれだけだったから。来る日も来る日もそれを続け、日課になりつつあったある日、少年が現れた。

「……親父は線香の匂いが嫌いだった」

「え、そっか……次からはやめとくね」

「まだ来る気かよ。…………母ちゃんは花が好きだった」

「そっか。りょーかい。……なんか食べる?」

「……食う」

 日課に変化が訪れて、嬉しくなった。

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