お題:山

 都会での競争社会に嫌気が差して、俺は曾祖父が所有してた山奥の土地を利用して、山小屋生活を始めた。

 もちろん電波もガスも水道もない、不便極まりない生活だ。1ヶ月もせずに飽きて、田舎でほどほどの生活をするようになるだろうと自覚していた……だが。

「おじじ、でっけーキジ獲った」

「うお、すげーじゃん」

「ぐへへ」

 この少女、ただの女の子ではない。人間離れした鋭い爪と牙、イヌ科のソレに似た獣耳が異常を象徴している。

 山中で出会ったこの少女には記憶がない。最初は迷子や行方不明者かと思ったが、獣耳が仮装ではないと発覚した瞬間にその可能性は霧散した。

 普通の倫理観なら、国か何かに報告するべきなのだろう。だが、そうしたらこの少女はメディアに『オオカミ少女』とでも名付けられて人間社会に拘束されてしまう。

 野山を駆け回り、素手で獲物を捕らえる楽しさを、覚えたての言葉で俺に語る顔はいつも笑顔だ。

 自然とこの少女を無闇に引き剥がすべきではないと俺は思った。だから、こんな生活を続けているのだ。

「おじじ、どう食べる?」

「焼き鳥にでもするか」

「ヤキトリ! 甘い! うまい!」

「タレもまだあるしな。次の買い出しの時も材料買っとく」

「お出かけ楽しみ!」

 都会育ちの俺に自給自足のノウハウは少ない。一ヶ月に一度の買いだめで生活用品を賄っている。

 人間社会に頼らざるを得ない以上、いつかこの生活を終わらせなければならない瞬間が来るかもしれない。

 俺にできることは、この子が人間社会でも生きていけるように知識を授けることだ。

 野生でも社会でも生きていけるように。

 俺がいなくても、生きていけるように。

「あ! おじじ、あそこにリスがある!」

「いる、な」

「食べる!」

「……サバイバルブックに載ってんのかな捌き方」

 少なくとも、しばらくはこの生活を送っていこう。

 野生を生きるこの子の笑顔が、俺のささやかな幸せだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る