お題:欲望
「重たいでしょ、それ持つよ!」
そう言ってきたのは、爽やかさでクラスからも人気な男子。普通なら好感度はさておき、ご厚意に甘えるところだろう。余計なものが見えてなければ。
「下心が見えるので結構です」
にべもなく切り捨て、私は図書室行きの本が詰まった段ボールを持ち上げて歩き去る。
教室の方から、ひそひそとした声が見えた。
「見た? 感じ悪ぅー」
「氷の花とか言われて調子乗ってんのよ」
赤黒く、少し緑の混ざった色。怒りと悪意……それと嫉妬の色。
私の目は欲望をモヤとして見ることができる。幼少期からの経験で、大体は色と形を見れば内容が判別できる。
ちなみにさっきの男はピンク一色。形は……想像に任せる。
なまじ恵まれた容姿をしてるおかげで、そういった欲望を向けられることは多い。慣れることはないが、あしらい方は心得ている。そのせいで氷の花なんて大層なあだ名まで頂いてしまったわけだけど。
「あ……おはよう」
「おはよ」
ひらひらと手を振る、もっさり髪の男子。内申点稼ぎと同時に人との関わりを避けるため入った図書委員会で一緒になった彼は、比較的楽に話せる相手だ。
「眠い……眠い……」
(今日も灰色……ゲームかな)
なにせ、彼の脳内はずっと睡眠欲のグレー一色。たまに物欲のオレンジが見えたら、だいたい新作ゲームの発売日だ。
一人で没頭できる娯楽が好きな私もゲームはするので、話をすればけっこう弾んだりもする。
「またゲーム? 『そろだいや』チャレンジ、だっけ?」
「んー。もうちょいで届く」
「なんか事件あった?」
「ボイチャでモノマネばっかりしてる野良はいた。微妙な仕上がりだった」
「練習してたのかな」
「かも。あと、昨日すごい調子よかった。めっちゃ敵倒した」
ゲームの話をする時、彼は心底から純粋な空色を見せてくれる。楽しみたい、という欲望の色。私が二番目に好きな欲望の色だ。
楽しげな彼といると、廊下の天井すら青空に見えてくる。
「私もやろっかなFPS……よいしょっ」
「あ、持つ」
返答する間もなく、彼は荷物を持った。
優しさの色というのは、太陽に似ている。白くて、おおらかで、見ていると温かくて眩しい。
だからこそ、優しさは複雑な色をしている。自分を良く見せるため、誰かに気に入られるため……いろんな打算が入って、淡いグラデーションを描くのだ。
私はその色も嫌いじゃない。ニケみたいに少し不完全なものの方が人を惹きつけるように、それぞれの欲望が混ざった優しさは綺麗に見える。
だけど、彼の優しさは反射なのだ。飛んできたボールを避けるみたいに、自然と動く気遣い。少し不健康な横顔がちゃんと見えてしまう、無色透明な優しさ。
きっと、優しさを培い続けてきたのだろう。人に誇ることもなく、静かに、黙って優しさという芽を大切に育ててきたのだろう。
なかなか気付かれない。そして気付いてもらおうともしてない。誰に見せる必要もない優しさに、色彩なんて必要ないのだ。
「どうしたの……?」
「ん、荷物。ありがとう」
「男だから……非力だけど、持つ」
早くも疲れたからか、灰色が強まった彼を見ながら、私は歩調を合わせる。
彼を眺めている私はいま、どんな色なんだろう。
いや、そうだった。
誰にも見せないこの心に、この欲望に色彩なんて必要ないのだ。
だから、「もっとこの子を見ていたい」なんて欲望に色付けする必要はないのだ。……そうなのだ。
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