お題:八つ当たり

「うがあああああ!!」

「ギャー! 自粛やら蔓延防止やらで止まった授業の補填にやらされる宿題が多すぎて姉ちゃんが爆発したー!!」

 猛り狂う少女はもはや本と呼ぶべき分厚さになったプリントをまとめて千切り裂き、ゴミ箱に叩きつけた。

「なぁぁにが補填じゃボケェ! お国が決めやがった事のせいでなんで私が割を食わにゃならんのか!! 薙刀を持てい! 学校乗り込んで誰彼構わず八つ当たりじゃああああ!!!」

「やべーよ……」

 こうなった姉はライオンだろうが薙ぎ倒すだろうという確信が弟にはあった。絶対の姉を止める術はただひとつしかない。

「くっそ、頼るしかない!」

 縋る想いで電話をかけると、ワンコールで繋がった。

『もしもし?』

「あ! 俺です! 助けてください!!!」

『うん。もうそろそろだと思ったので、もう家の前に来てます』

 インターホンが鳴る。ヒーローが如く現れたのは、紙袋を持った知的な青年だった。

 彼を見るなり、怒る神のようだった少女は停止する。

 彼はこの姉弟が通う武道教室の跡取りであり、現師範代である。

 小さい頃から手がつけられないほど凶暴で、前世は狼かとまで言われたこの少女を表面上真人間にまで矯正したのも彼だ。

 そのため、少女は青年に頭が上がらないし、弟は姉を御せる彼を心底から尊敬しているのである。

「な、なんでここに」

「じっとしてられない貴女のことですから、そろそろ爆発するだろうと思いまして。こちら、宿題のコピーです」

「エスパーかよ……」

「付き合いが古いのでね。貴女の習性ぐらい、10年前から把握してます」

 紙袋を置くと、彼は同情するようにため息を吐いた。

「しかし、鬱憤が溜まるのも理解できます。勉学というのは場を極めるより難しく奥が深い……動く点Pを何故に発勁で止めようとしてはならないのか、未だに理解ができません」

 そしてこの青年、脳筋である。理性的なのは見た目だけで、中身は力こそパワーを地で行くハイパーゴリ押し人間なのだ。

「点Pはすばしっこそうだから蹴りの方が当たるだろ」

 そしてこの少女も同類である。

 ちなみに弟は平均的なので二人の発想が理解できない。

「ああ。そういえば、八つ当たりがしたいのでしたね」

「ゔっ……」

「あれほど言っているでしょう。その力は暴力のためでなく、自らを律するためにあるのだと」

「わーってるよ……どうせ私は半人前だ」

「……ですが先ほども言った通り、気持ちがわからないとは言いません。健全な精神を保つには、心に溜まった澱を発散する方法が必要不可欠ですから」

 青年は少女に鍵を投げ渡した。

「んだこれ?」

「道場の鍵です。いまは感染対策とやらで閉め切っていますので、貸切ですよ」

 眼鏡を外す。切長の瞳に、獰猛な炎が揺らぐ。

「打撃、投げ、極め、武器……気を失うまで存分にデートしましょうか」

「いいんだな!? よっしゃぁデートだ! 寝れると思うなよ!!」

 かつて、デートという単語がこれほどまでに獰猛な意味合いを含むことがあっただろうか。

 意気揚々と出て行った二人を見送った弟は、いつも通り三日は帰ってこないなと確信するのだった。

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