お題:彼岸
「暑いなまったく」
蝉時雨鳴り止まぬ夏空の下、縁側に腰掛けた男がごちる。隣に座る眼鏡をかけた男は頷いた。
「夏日とか嘘だろ。真夏日だ。むしろそれ以上だ」
「日差しも眩しいもんな」
「やってらんねーよまったく」
ため息を吐きながらうちわを忙しなくあおぐ姿を見て、眼鏡の男は微笑んだ。
「変わらないなお前は。そうやって力強くあおぐから、余計に体が熱くなるんだよ」
「だああ暑い! 主に腕!」
「ほらな」
「……今年のスイカは身が詰まってて美味かった。今度買ってきてやる。お前、一人でひと玉食うぐらい好きだったろ」
「そりゃ楽しみだ。川の水でよーく冷やしてくれよ?」
「ありったけ食わせてやるよ」
二人は屈託なく笑っていた。
忙しない男はタバコに火をつけた。
「おいおい、いつのまにタバコなんて吸うようになった?」
「ちょっと前から、ストレスでな。体にゃ悪いが、格好もついていいだろ」
「たしかに。昔からカッコつけだったもんな、俺たち」
空を泳ぐ紫煙が、細い煙と絡み合う。ほのかに香るのは、畳と線香の混ざり合った懐かしい匂いだった。
「お前が死んで10年だ。もうタバコも酒もできるんだぜ」
「ああ。そのまま、長生きしてくれよ」
「……また来る」
「おう。またな」
男が縁側を立つ。すると、家の奥から高齢の女性が声をかけた。
「もう行くのかい?」
「ええ。線香上げにきただけですから。……スイカでも買って、また来ます」
「あの子の好物、覚えててくれたのね。懐かしい……二人でその縁側に座って、スイカの種飛ばしあってた姿が目に浮かぶわ」
遠い日の記憶は、少しも色褪せずに思い出せる。笑い声も、少し薄いスイカの味も、蚊取り線香の匂いさえも。
「……また来年も来て良いですかね。俺にとっちゃ、唯一あいつと会える時期なんで」
「もちろんよ。あの子も喜ぶに決まってるわ」
「ありがとうございます。……また、来ますね」
男は立ち去った。
誰もいなくなった縁側に、線香の煙が踊っていた。
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