お題:終末

 世界の終末は唐突に、あるいはずっとずっと昔から気付かないぐらいゆっくりとした足取りでやってきた。

 そこには滅亡までのカウントダウンやら、混迷する人々の争いなんてものもなく。ただ、私たちはホースの水に流されるアリンコみたいに死んでいく。

「おーい、そこの人」

 瓦礫の山と化した住宅街跡地で、私は女の子の声を聞いた。

「ここ、ここ」

 見ると、瓦礫の下敷きになった女性がいた。彼女は、自分の状況など素知らぬような屈託のない笑顔を咲かせる。

「……私一人じゃ無理だよ。引っ張り出せない」

「そういうのは期待してないよ。ただ、火ぃ持ってないかと思ってさ」

 彼女は体をよじり、胸ポッケからくしゃくしゃになった煙草を取り出した。

「ラスイチ吸えずに死んだら悪霊になっちゃうよ」

「……チャッカマンでいい?」

「助かるぅ」

 火を灯してあげると、彼女は煙を心底美味しそうに吸い込んだ。

「ぷぁー、っぱラキストに限るわ。つーかお嬢ちゃん、未成年っぽいのにチャッカマンなんて準備いいね」

「……家族でよくキャンプしてたの」

「そっか……あたしさぁ、彼氏を見捨てちゃったんだよね!」

 後悔なんて感じさせない、明るい口調で彼女は続ける。

「元から喧嘩ばっかでさぁ。あたしが瓦礫に潰されちゃった時もあれこれ言い訳して助けようともしやがらんから『もういい!』つってね!」

「見捨てられたの間違いじゃないの?」

「いーや! あたしが先に見限ったから勝ちだね」

「なにそれ」

 強情っぷりに思わず笑ってしまう。こんな状況になって、初めての笑顔だった。

「笑うとかわいいじゃん。あたし、昔はお笑い芸人になりたくってさー。ま、養成所で先輩ぶん殴って辞めたんだけどね!」

「暴力はダメでしょ」

「ハゲ上がってるクセにハゲネタNGにしてる女々しい野郎に芸人が務まるかってんだ!」

「その先輩を漫談のネタにすれば良かったんじゃないの?」

「……たしかに! もったいねーことしたぁー!」

 こんなに終わりが迫るのに、不思議と焦りが何もない。あふれ出すのは他愛のない会話ばかりなのに、このどうでもいい時間が愛おしかった。

 そうだ。私たちはこういうなんでもない時間を幸せに思ってきたんだ。

「くっそー、もっかい芸人目指してぇー」

「目指せばいいじゃない。来世で」

「……それもそだな。あんたはなりたいものないの?」

「……大人になりたかったかな」

「じゃー来世でなれるな!」

「かもね」

 時間が迫る。確実にくる終わりが、もうそこに。

「世界の最後ぐらい劇的にーって思ったりもしてたけど……まあ、こんな終わり方なら悪かないな」

「言えてる」

 捨てられた吸い殻から、薄い紫煙が昇る。

「来世で逢えたら、また笑わせてやるよ」

「本当? ……じゃあ、待ってるから」

「おうよ。その時はコンビ組もう! コンビ名はさ……」

 赤い空の下。

 私たちはいつまでも語り合える気がした。

 何もかもが消えても残る不滅の心が、ここにあった。あったのだから。

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