お題:宝物

「ば、化物が……!」

 そう言い残して気絶した男を後目に槍の穂先を拭うと、彼はため息を吐いた。

「どこの誰だか知らんが、厄介なことをしてくれた……」

 踵を返した青年が向かうのは、崖上にある洞穴。軽々と山肌を登って穴に入ると、奥から重たい足音が聞こえた。

『どこに行っておったのじゃ?』

 月明りに照らされたのは、宝石と見紛うほど澄んだ緑の鱗を持つ一匹の竜だった。唸り声と重なり合うようにして聞こえた疑問を青年ははぐらかす。

「散歩だ」

『嘘じゃな。血の匂いがする。わらわの嗅覚はごまかせんぞ』

「……本当になんでもない話だ。どっかのバカがこの洞窟に宝物があるなんてホラを流したもんだから、暇人が寄り付いてるんだ」

『そうか……長らくここに身を寄せておったが、潮時かのう』

「噂話なんぞ、数ヶ月もすりゃ消える」

『お主がここを守ったことが噂に信憑性を持たせておる』

 そう言われ、青年は己の浅慮を嘆いた。生かして帰した者たちは、間違いなく青年のことを『宝を守る番人』とでも語って新たな尾ひれを持たせる。そうなれば、徒党を組んで襲ってきてもおかしくない。

「くそッ、やっぱり殺すべき……いや、悪い」

『わらわとの約束を守ってくれたのじゃろう? お主が気に病むことなぞない』

「……血にまみれて生きてきた俺を救ってくれたお前を、俺は守ると決めた。この洞窟はお前が家族と過ごした場所だ。人間の都合で踏み荒らされてたまるか」

『お主の気持ちは嬉しいよ。じゃが、もう良いのじゃ』

 緑の竜は翼を広げ、高く首を持ち上げた。

『たしかに、ここはわらわが母と過ごした大切な場所。離れがたい我が家じゃ。……しかしな』

 竜は慈愛に満ちた瞳を青年に向けると、顔を近づけて青年にくちづけをした。

『愛する宝を傷付けることは、それ以上に耐え難いのじゃ』

「お前……本当に、いいのか?」

『二度も言わせるでないわ恥ずかしい。……人の姿にはなれぬし、子も成せぬ。それでもわらわを愛すると言ったのはお主であろう』

 臆面もなく告白した過去の記憶を掘り返された青年が顔を赤くすると、竜は愉快そうに笑った。

『そら、今宵は雲がない良い夜空じゃ。旅立つにはうってつけじゃろう?』

「ああ。どこへなりとも、一緒に行こう」

 その夜、各地である噂話が流れた。

 曰く。緑色の流星が夜空を駆け抜けたのだと。

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