お題:夢

 私は貘。夢を食う妖怪だ。

 夢には味も香りも食感もない。でも、好みはある。例えば、痛い夢や怖い夢。そういうモノの方が食い出があっていい。

「ひっく……ひっく……」

「……なぜ、泣く?」

 出会った少年は、いつも泣いていた。聴くと、辛い思いをいくつもしてきたらしい。そのせいで、いつも幸せを失う夢を見るのだという。

 私は内心ほくそ笑んだ。悪夢ばかりを見るということは、私にとって食事に困らないということ。しかも子供の悪夢は長く続く。都合のいい相手だ。

「きみの悪い夢を、私が全部食べてあげる」

 悪夢は私を満たした。眠る時ですら苦しむ少年は、私が腹を満たすたびに少しだけ安らぐ。お互いにいいことばかりだ。

 しばらくして、少年が悪夢を見る数が減ってきた。家族や友達と楽しげに遊ぶ幸せな夢。幸せな夢も、食えなくはない。でも、この嬉しそうな寝顔が崩れるのは、なんだか心が痛んだ。

 やがて、少年の身の丈が私を越える頃。もう悪夢はぱったり見なくなった。

「やつれた……よね?」

「そんなことはない。私は貘。空腹ごときで死にはしない」

 嘘だ。たしかに空腹では死なない。けれど、貘の存在意義は『悪夢を食す』こと。存在意義を放棄した妖怪は、やがて消滅する。

「食べてくれよ。俺の夢、全部食べていい」

「ありがとう」

 それでも食べられないよ。

 いつからか、きみの幸せな夢が。きみの安らかな寝顔が。きみの明るい未来が私の心を満たすようになってしまった。

 見届けたいんだ。消えてしまうまで、ずっと。

「私は満たされてるよ。きみの悪い夢を、全部食べているからね」

 悪い夢はもういない。

 光を飲むのが怖い私なんか、幼少期の涙と一緒に忘れるといい。

「……夢を、食べてくれるか?」

「ああ。それが悪夢であるならね。どんな夢なんだい?」

「とんだ悪夢だよ。妖怪と一生を共にしたい、なんて馬鹿な夢を見たんだ」

 それは、あまりにも眩しい夢だった。

 もし食べたなら、私の輪郭など内側からかき消してしまうような夢。

 それを食べろと、きみは言う。涙を流して、私に選ばせる。終わらせるか、手を取るかと。

「……そんなものを食べたら、溺れてしまうよ」

「じゃあ、ゆっくり食べてよ。俺が爺さんになるまで、時間は山ほどあるんだから」

「物好きだなぁ、きみは」

 ああ、もう。涙が出てしまう。なんて残酷な夢だ。私たちには、何も残さない。こうして手を取り合うことしか、愛を確かめる術はない。

 だのに、ああ。なんて……

「なんて眩しくて、優しい悪夢だ」

 幸せだ、私は。

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