お題:風邪

「あー……しんど……」

 止まらない汗、心拍に連動して響く頭痛。薬を飲んで寝れば平気だと思っていたが、一向に治らない。従来より強い風邪に罹ったらしい。

 両親は仕事に出たし、食欲どころかゲームする気力すら湧かない。

「なさけないわね!」

「うるさ……」

 ドアを開けて現れたのは、前にテストで勝って以降、ずっと対抗してくるお嬢様だ。

「つーかアンタ、学校は……」

「愚問ね! 学校の授業程度、半年休んでも支障なしよ!」

「頭に響く……本当に何しにきたんだよ……」

「当然、看病よ!」

「はぁ……」

 不安しかない。

「ということで台所を借りるわ! 別に荒らしはしないから寝ていなさい!」

「不安なんだよ……あんた、家庭科の実技ダメだったろ」

「そ、そんなことないわ! 見ていらっしゃい……!」

 ネギを切ろうとする包丁を高く振り上げた瞬間、もうダメだった。

「バカバカバカ! 俺でもわかるぐらい危ねぇことしやがって!」

「な、なによ。お野菜はこう切るものでしょう?」

「薪割りでもする気かお前……」

 不安なので継続して見守ることにした。案の定というか研いだ米を全部こぼしそうになるし、塩と砂糖を間違えそうになるし、鍋は吹きこぼすし……散々だったが、なんとか料理が終わった。

「おかゆでこんなに疲れるのかよ……」

「う、うるさいわよ! 変なことしてないから不味くはない……ハズ!」

「まあ、作ってもらったんだから食うけどよ……おお、美味い」

 塩味の強さが疲れた体に効くし、大きめに切られた薬味が食感のアクセントを生んでいる。

 そのまま食べていると、お嬢様はホッとしたような顔をしていた。

「よかった……心なしか、顔色もよさそうね」

「ああ、お前の手伝いしたのが気付になったんだろ」

「さすが私ね!」

 皮肉なのがわかっていないらしい。

「……ありがとう。正直、助かった」

「ふふん。ライバルがいないと張り合いがないもの。あなたには元気でいてもらわないと」

「そのためだけにウチに来たのか。優しいけど、暇なんだな」

「あら、見縊ってもらっては困るわね。万が一を想定して私は放課後のピアノと水泳のレッスンをキャンセルし……」

 胸を張りながらそこまで言って、彼女はピシリと石化したように止まる。そして、あっという間に顔が真っ赤に染まった。

「いまのは忘れなさい! いいわね!」

「わーったから揺らすな頭痛ぇんだってば!」

「私がどれだけの勇気を出してこの家に来たと思っているの!? こうなったらもっと私に看病されなさい! 弱ってる姿をもっと見せなさい!!」

「意味わかんねぇんだけど!?」

 結局押し切られて居座ったお嬢様は、いつのまにかウチの両親とも意気投合し、晩飯まで食べて帰っていった。

 帰り際に見せた微笑みを見た瞬間、なにか部屋の隅に追い込まれたネズミのような気分になったのはなんなのだろうか。こう、凄まじい勢いで外堀が埋まっていく気がした。


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