お題:隣人

 俺はいつも6時に起きる。

 別に早起きは得意じゃない。できればずっと寝ていたいけど、起きねばならない理由があるのだ。

 無理やりベッドから転げ落ちて目を覚まし、這いずるように部屋を出る。ゾンビのように洗面台へ顔を突っ込み、冷水をブッかけてようやく頭と体が起きる。

 そのまま歯を磨き、服を着替えてリビングへ行くと、寝巻き姿の母が朝食を作っていた。

「おはよう。今日も早いわね」

「んー。今日の弁当なに?」

「豚の生姜焼き」

「やりぃ」

 手早く食事を済ませると七時半。ウチから学校までは10分程度なので、かなりの余裕がある。

「いってくる」

「はいはーい」

 家を出て、すぐお隣のチャイムを鳴らす。

「おざます。起きて……ないっすね」

「ごめんね……今日もお願い」

 困り顔の奥さんへ頷き、俺は容赦なく同級生女子の部屋を開けた。

「起きろ、って汚いな! 昨日掃除したろ!?」

「んあー? ……んへへー」

 笑ってごまかし、また布団へ入ろうとしたので布団をひっぺがして地面に転がす。

 そこらじゅうに学校で配られたプリントやお菓子の包装や読んだ漫画が散乱する女子にあるまじき部屋を恥じらいもせず、そいつは毛布に手を伸ばしながら文句を垂れる。

「なんだよぉ。昨日は8枚も漫画描いたんだぞー。ボクにしてはがんばったと思わないー?」

「まあよく描いたな」

「でしょー。褒めて褒めてー」

「の前にとっとと着替えろ。男の前で寝巻き晒してることに危機感を覚えろ」

 贔屓目なしに、こいつは美少女の類いに入る。若さに頼り切った不摂生の極みが如き生活をしているのに、肌も綺麗でスタイルもいい。あとは性格だけだ。

 唯一の欠点を直すべくいつも叱りつけているが、どこ吹く風だ。

「ふぅーん。さてはボクのぱーふぇくとぼでぃーに照れてるんでしょー。毎日起こしてくれてるお礼で、好きにしてもいいんだよー?」

「じゃあ好きにするわ」

「ひゅいっ!? え、その、ママもいるし、ね? ボクとしてはむしろコーフンするし朝から薄い本的な展開もやぶさかじゃわぷっ」

 妙なことを口走ろうとした顔面にセーラー服を投げつけ、フンと鼻を鳴らした。

 こいつは自分が美少女だと理解しているのでそれを武器にしてくるが、少し乗ってやれば大体自爆する。デーモンコアよりお手軽だ。

「掃除しといてやるからリビングで着替えてメシ食ってこい。それとも、昔みたいに脱がせて着替えさせてやろうか?」

「そ、それは恥ずかしいからカンベンして……」

 羞恥の基準がおかしいのはいまに始まったことではないので無視する。

 部屋の掃除も慣れたものだ。最初の頃はデリカシーと良心で触れずにいた下着や、何故かそこいらに転がっているエロ本を片すと早くも8時。

 寝ぼけ半分でトーストの耳を食んでいる隣人の手を引く。

「行くぞ」

「んぇー、いってきまーふ……」

「毎朝ありがとう。娘をお願いね」

「もう慣れたんで大丈夫っす」

 家を出ると、隣人はトースト片手ににへらと笑っていた。

「なんだよ」

「んへへ、なんでもないよー。眠いからおんぶしてー」

「お前なぁ……」

 高校生とは思えない発言に呆れながらも、言うことを聞いてしまう俺が一番甘いんだろう。

「ありがとー」

「別に。そら行くぞ」

「んー。んへへ」

 だらりと全体重を委ねる姿は、無条件な信頼の証なのだろう。そういうのが嬉しくなるあたり、俺もだいぶ毒されているらしい。

「テキトーに降りろよ」

「んー。同じ学校の人来たら教えてー」

「ったく……しょうがねぇ奴だな、お前は」

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