お題:勘違い

「…………」

 昼休み、学生たちが廊下や教室で賑やかに談笑する中、波が渡るように学生たちが口を噤んでいく。その元凶は、廊下を不機嫌剥き出しで歩いていく女子生徒だった。

 目を鋭く引き絞り、殺意にも近い苛立ちを隠そうともせず、少女は大股で屋上へ向かう。

 風が涼しいフェンスの側には、少年が立っていた。

「あ……おはよう」

「…………」

 少年へと一直線に近づくと、少女は彼の頬を両手で挟んだ。

「むぇっ……な、なに?」

「テメェ、かわいい顔してるからって許さねぇからな」

「なにを……?」

「とぼけんな! アタシは見たからな。お前が金髪の派手な女と手ぇつないで歩いてんのをな!」

 少女は反論の隙を与えずにまくし立てた。

「アタシというものがありながら浮気しやがって! 絶対に許さねぇッ! さぁ言え、誰だあの女! アタシの何が悪かった!? 口が悪い女でも好きだって言ってたお前はどこ行ったんだよちくしょおお……!」

 感情に振り回される少女の頬を、少年は自分がされたのと同じように両手で挟んだ。

「お、落ち着いて……」

「……ごめん」

 仕切り直すように、少女が問いかけた。

「あの人、誰だよ。もし、アタシが嫌いになったんなら、そう言ってくれ。お前が浮気者呼ばわりされんの、嫌だしさ……」

「違う……あの人、僕の姉さん」

「……は? お、お前の姉さんって真面目そうな人じゃ……」

「そっちは下の姉さん……上の姉さんは派手好きで自由人」

「なんだよ……」

 少女はドッと力が抜けて、そのまま少年にしなだれかかった。

「アタシの勘違いか……いきなり不機嫌でビビったよな。ごめん」

「いいよ……心配させてごめん。……今度、姉さんが会いたいって言ってた。ネイルとか、好き?」

「お、おう。憧れはあるけど……アタシみたいなガサツな奴に似合うかな」

「似合うよ、絶対。……見せて、くれる?」

「! あっ、あったりまえだろ! お前以外の誰に見せるんだってんだバカ野郎」

 照れ隠しにフェンスを蹴ると、少女はどっかりと地面に座った。

「ほら、メシ食うぞ。今日の弁当は……あ」

「……ネギ、ばっかり……僕のこと、嫌い?」

「ち、ちがっ、たしかに嫌がらせしてやろうってのはあったけど、これは……!」

 少年がしおらしくしているのは、慌てて言い訳をする姿を楽しんでいるだけだということに少女はまだ気づいていない。彼女が自分に向けられた嗜虐心に気づくのは、遠い先の話である。

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