お題:鍋
「入れろ」
珍しく雪が降った日、そいつは当然のようにうちの前に座り込んでいた。マフラーを鼻まで巻いて、ココア缶片手にこちらを見上げる女性を前に、断るのは気が引けた。
「どーぞ」
「あいよ。……ちっ、男のくせに小綺麗にしやがって。あたしの部屋のが汚れてんじゃんか」
「知らんわ」
「腹立つわービール飲も」
さらっと冷蔵庫を物色され、冷えたビールを開けられた。
「ぷあー、今日のメシは?」
「鍋かな」
「お、いいじゃーん」
上機嫌に笑いながら、彼女は慣れた手つきで包丁を手に取る。
「酒飲んで包丁握るな」
「いーんだよ。一本じゃ酔わないし」
「赤玉ねぎ事件忘れてないからね。俺がやるから」
「わー優しい。いよっ、ダメ女製造機!」
嬉しくない称号を頂きながら、簡単な調理を進める。その間、彼女はソファに寝るでもテレビを見るでもなく、すぐ後ろで料理の様子を眺めていた。
「……料理見てて楽しい?」
「何の労力もなく料理出てくんのサイコー」
「豆乳鍋とスタミナ系、どっちがいい?」
「スタミナ一択。ほれ
「ニラは?」
「入れんな!」
「はーい」
鍋というのは具材の仕込みを除けばすごく簡単な料理だ。俺の作る鍋は白菜ともやしと豆腐、あとは豚肉ぐらいの雑な鍋だから、料理もわりとすぐに終わる。
「ガスコンロ出して」
「あいよー。まったく、あたしってばやっさしーい」
「はいはい、ありがと」
テーブルに鍋をセットし、テキトーにテレビをつける。バラエティー番組に最近はやりの俳優が出ていた。
「おっ、また出たなコイツ」
「人気だよね。前に出てる映画見た」
「こいつよりあたしの方がイケメンじゃね?」
お察しの通りこの女、自己肯定の塊である。毎日が楽しそうな上に、周りにいる人達も彼女に引っ張られて明るくなっていく。見ているだけで飽きない。
火にかけてくらくらと煮立っていく鍋を前に、彼女は上機嫌に笑っている。
「あ、お前も酒呑めよ。冷酒だろ?」
「うん。お願い」
「任せろ。まったく、あたしもお前も幸せモンだな」
「なにが?」
「ばっかお前。こんな美人と鍋ができてお前は幸せ。そしてあたしは美味いメシがお前と食えて幸せ。オーケーオーライ?」
「そうだね」
冬の日に鍋が食える。幸せなことだ。
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