お題:笛
篠笛の音色が川辺を吹き抜けた。
私はフルートの演奏を止めて顔を上げる。対岸には、待ちかねた相手がいた。
「……」
「……」
穏やかな河川を挟んだ私たちに会話はない。ただ、互いに顔を見合わせ、どちらからともなく再び演奏を始める。
私は対岸の彼女の名前すら知らないし、あちらも私の年齢すら知らないはずだ。
始まりは本当に些細なことだった。今年から中学生となった私は、吹部で初めてフルートを触り、放課後にコツコツとこの川辺で練習していた。
人に聞かせられないような演奏しかできない自分の不器用さに嫌気が差した頃、同じぐらい調子はずれな演奏が対岸から聞こえてきたのだ。見れば、違う制服を着た女の子が篠笛を吹いていた。
ヘタクソな演奏だと思った。きっと、向こうもそう思っていた。
私の方がまだ上手い、という小さいプライドが芽生えた。きっと、向こうもそう思ったはずだ。
私たちは毎日のように勝負をした。五十歩百歩、ドングリの背比べみたいな勝負も、三ヶ月経てば多少は腕も上がる。私は未経験だったことが信じられないと先輩に褒められるほど上達していた。
あの子はどうなのだろう。何のために篠笛を吹いているのかすら私は知らない。
だが、知らなくていい。
何も知らないから遠慮なく演奏できる。あなたもきっとそうなのだろう。
私たちは今日も演奏する。協調も調和もない、ぶつけ合うような音を吹き鳴らす。
願わくば、まだまだこの日が続きますように。張り合いがないと、私たちは上手になれないのだから。
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