お題:看護師

 頭が痛い。普段なら意識もしないエレベーターの上昇圧にも屈してしまいたくなるほど体が重たい。

 這う這うの体で部屋の鍵を開け、玄関に座り込んだ。

「おかえりー。ご飯食べる?」

 綿毛のようにふわついた同居人の声が耳に届く。私が無気力に腕を伸ばすと、彼は何も言わずにその手を取って抱きしめてくれた。

「お疲れ様。今日も大変だったね」

「ん…………お茶漬け食べたい」

「用意してるよ」


「本当にすごいよね、医療関連の仕事してる人」

 食後にぼけーっとソファで寝転がる頃、彼はいつもそう口にする。そして、これがご機嫌取りのゴマすりではなく純粋な敬意からくるものだと私は知っている。

「俺は判断も遅いしさ。命を預かる仕事なんて絶対にできないよ」

「……そうやって言ってくれることがありがたいよ」

 忙しさばかりが増していく職場を思い返しながら、私は天井を見上げた。

「緊張も日常になると麻痺してくるんだよ。この指先ひとつで人の命が消えるかもしれないってことを忘れそうになる瞬間があって、そのたびに私は自分の頭の悪さが嫌になる」

 手術のように視覚に直結する現場であればまだしも、雑務に忙殺されていると小さな油断や抜けが増えて、自分の責任を忘れてしまいそうになる。

 だからこそ、こういう当たり前のことを思い出させてくれる相手は値千金だ。

「明日もがんばんないと。……もう寝るね」

「うん。俺も朝ごはんの仕込みが終わったら寝るよ。おやすみ」

 美味しい食事と、おやすみをくれるパートナーがいる。

 これがどれだけ幸せなことか、私は知っている。私が患者さんたちの命を預かるように、私も彼に生活という命の一部を預けているのだ。

「ありがとね。おやすみ」

 身近な相手にこそ、感謝と敬意を忘れないように。

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