お題:作業員

 土木に掃除に運搬。世の中、様々な作業員というものが存在する。

 俺も作業員と呼ばれる業種だ。その内容は……

「そこは丸ノコ使うて! そこの新入り、不用意に内蔵触りなや!」

 巨大生物の解体作業員だ。

 隕石に乗ってきたウィルスやら環境汚染やら遺伝子組み換えやら、原因は知らないが数年前からこの世には十数メートル級の巨大な生物が生まれるようになってしまった。

 去年、海外で起こった巨大生物による都市破壊事件を契機に、世界中の軍隊が領土領海に発生した巨大生物を即時殲滅するようになった。そのため、陸地であれば早急にその死骸を解体、処理する必要があるのだ。いまや解体作業員は最も簡単にありつける仕事と揶揄されるほどに人員が必要な業種となっている。

「今回は犬……か? こいつら、巨大化の過程で体内構造も変わるらしいしなぁ……新種になるのかね」

 いかに巨大と言えど、降ってわいたわけではない。一応、個体の進化……というよりは変態と呼ぶべきか。とにかく、突然変異のようなメカニズムで誕生するらしい。そのため、こいつらの生態は全てが唯一無二でもあるのだとか。

「せ、先輩! こ、こいつの内蔵動いてますよ!? まだ生きてるんじゃ……」

「え? ああ、ようあるでそういうの。丸呑みされた動物が胃袋ン中で生き残ってるとか、そういうの」

 様子を見に行くと、たしかに胃袋らしきモノがビクビクと動いていた。消化途中の動物だとするなら、長く苦しませるのもかわいそうだ。

「切開する。離れや」

 チェーンソーを使い、臓器をこじ開ける。ゼラチン質な表皮とゴムっぽい内皮を裂くと、中身の液が飛び散った。

「くっさぁ……やっぱ慣れんわコレは」

 一歩踏み込むようにして裂け目を広げ、中身を引きずりだす。半液状化したドロドロのナニカが辺りに広がり、下水の方が万倍マシな悪臭が充満する中、俺は目を疑うモノを発見する。

「お、女の子……?」

「…………」

 野生動物の骨すら溶かす地獄の袋の中に、薄い膜をカッパのように纏った小学生ほどの女の子が座り込んでいた。休日、昼寝から起きたばかりのようにぼーっとしている少女の様子が、かえって異常性を際立たせた。

「お、おい……大丈夫なんか?」

「…………へ」

「へ?」

「へぷちっ」

 その子がクシャミをした瞬間、俺は透明な膜に覆われて驚き、ツルッとコケて頭を打って気絶した。



「と、突然変異……?」

 第一発見者の俺を聴取しにきた学者が言うに、おそらくその子が飲み込まれた瞬間に巨大生物らが持つ遺伝子と何らかの反応が起き、少女自身にも異常性が発露したのだとか。

 あの子が体から分泌する透明な膜はどれだけ強い薬品をかけても一切分解されず、その成分も未だ解析中らしい。

 結局のところ、何一つとしてわかってはいないのだ。

「じゃあ、あの子は家族のトコへ帰れんのですか?」

「いえ……胃の内容物から、他の人間と思われる残骸が発見されました。あの子の家族はもう……」

「そんな……」

「加えて、あの子は一切の記憶を失っています。言語機能や判断能力は問題ありませんが、自身の出自に関する記憶が一切不明で……現在、歯型などから情報を追っています」

 確実なのは、あの子はいま、世界でひとりぼっちということだ。家族も、そして自分すらも頼れない。そんな孤独が、あんな小さい体にのしかかっている。

「身元はどうなるんや?」

「わかりません。親族に引き取ってもらうか、あるいは巨大生物関連の支援施設ですが……おそらく入居を断るでしょう」

「……学者さん。アンタにこんなこと聞かれても困るだけやと思う。けど、アンタの考えだけでええから聞かせてくれ。巨大生物のせいで家族失くした独り身の男が、あの子を引き取りたいって言うたら、アカンか?」

 メガネの向こうにある目が驚きで見開かれて、すぐに困ったように眉をひそめた。

「難しいですね。養子縁組だとしても、片親でしかも異性となると……」

「そ、そうか……」

「……ですが、あの少女には不明な点があまりにも多い。できるのなら、ストレスの少ない環境に置いて経過を見たいのです。もしも、あの少女が研究施設よりもあなたとの生活を望むなら、あくまで監視対象にはなりますが普通の生活を送ることも可能かもしれません」

「ほ、ホンマか!」

「私も、子を持つ親です。……子どもが人並みの幸せを掴むためなら、いくらでもそれらしい理由をこじつけてやりますよ」

 俺は大きく頷いた。

「せや。俺、別にあの子と暮らさんでもええ。ただ、俺みたいにあのデカブツどものせいで全部奪われて、死んだ方がマシや思うぐらい苦しむような子を増やしとうないんや。お金の支援だけでもなんでもええ。せめて、俺が見つけたあの子は助けてやりたい」

「……まずはあの子に会ってみますか?」

「ええんか? おおきに、学者さん」


 それから三ヶ月後、俺はデカい研究施設のすぐ近くにある新築の家に引っ越すことになる。六畳一間の男くさい部屋から、子ども部屋付きの新しい家に。

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