お題:街灯

「よっ、ほっ」

 すっかり日が暮れた夜。スーツ姿の彼女は、人気のない公園の道を跳ねるように歩いていた。

「……何をしているんですか?」

「ほい? あ、おひさ」

「相変わらず元気そうですね……僕としては、親戚が夜の公園で奇怪な行動をしていることが気にかかるのですが」

「これ? 街灯の光の中だけ歩いてんの」

 証明するように、彼女は少し間隔の空いた光の円をスキップでもするように踏んでいく。ヒールのある靴で身軽に跳ねるものだから、見ているこっちが心配になってくる。

「こういうの気になるんだよねー。横断歩道の白黒とか、色の違う石畳とかがあると、決めた色だけ踏んで進んだりするの。やらない?」

「小学校の頃はやりましたけど、いまはしません」

 そんな幼稚な遊びはとっくに卒業したのだ。いまでは気にすることすらない。

 まあ、少年心のように活発な好奇心を持ち合わせているのは彼女の持ち味でもあるから否定はしないが。

「ふーん」

 相槌に続く言葉は、「つまらない」だろう。

 昔から真面目だけが取り柄だったつまらない男だと自覚している。遊び心を持てず、楽しげな空間にも水を差してしまうような人間が僕だ。

「カワイソ。余裕がないんだね」

「……可哀想?」

「うん。だって見てみなよ」

 彼女は地面と空を、交互に指で示す。

「街灯の光でピカッと光るココってさ、スポットライトみたいに見えない? 夜空も今日は晴れてるから月も、いっとう光る星だって見える。こんな夜の主役が私だったら、最高だって思わない?」

「何の主役なんですか……」

「なんだっていいじゃん。ただスキップして、この後はコンビニで好きなお菓子買って、部屋で録画してた漫才見てゴキゲンに笑う。そんな私がいたら、私は喝采を送りたいね」

 胸を張って街灯の光を浴びる彼女は、たしかに舞台の主役にも見えた。安物のスーツも飾り気のない髪型も関係ない。本人が自信満々に生きているのなら、彼女自身は誰より幸せでいられるのだろう。

「つーわけで、ほら、こっち来な!」

「うおっ!?」

 急に手を引かれて、僕も光の中へ入った。

「ようこそ舞台へ。なんつって」

「……そんな大仰なものじゃありませんよ。僕の人生なんて」

「んなことないよ。がんばってるんだから、自分ぐらいは褒めてやりなさいな」

「御忠告どうもありがとうございます。……お礼に、コンビニワインの一本でも奢りましょうか?」

「お、マジ? たまには含蓄あるっぽいことを言ってみるもんですな」

 夜のとばりが降りていく。

 街灯の中を歩く影がふたつ。

 月がよく見える日のことだ。

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