お題:会見

『題名 たすけてください』

 こんなメールが知り合いから届けば、そりゃまあ助けにいくだろう。

 しかし、唯一の誤算は相手が『普通』の人ではなかったことである。

「は、え、ちょっ、なになになにうわああああ」

 家から出た瞬間に黒服集団に拉致され、入ったこともない高級ホテルに運び込まれ、控室らしき場所に放り込まれた。

「何事だったんだ……?」

「あぁ、来てくださったのね!」

 状況が全くつかめない中、突然女性に抱きしめられる。混沌色の心中が真ッッッ白になった。

「私、緊張でどうにかなってしまいそうで……」

「……はッ。いや待て待て待て待て、状況説明してくれ!?」

「あら、あなたが助けにきてくれたのでしょう?」

「たしかにメールは見たし返事もしたけど、だから何!?」

 メールの相手はクラスメイトの女子だった。目の前にいるのは間違いなくその子なのだが……

「なんでドレス? つーかここどこ?」

「会見の控室です」

「はい?????」

「私、これから父の会社を継ぐにあたっての会見を――」

「はい!?!?」

 聞けば、彼女は信じられないほどの大企業の令嬢であり、このホテルで関係者に向けての会見を行うのだという。

 たしかに話し方や所作から金持ちなんだろうとは思っていたが、桁が3つ4つ違うレベルの存在だったとは。

 そんな相手に気軽に話しかけていた事実におののいていると、彼女はもじもじとシルクの手袋に包まれた指を突き合わせながら話す。

「そ、その……私、すっごく緊張してしまって。だから、あなたをこうして呼び出させていただきましたの」

「な、何故にですかね?」

「あなたと話していると、自然体になれるからです」

 俺の中での疑問は増えるし深まるばかりだが、彼女は続ける。

「見栄と本心を悟らせるな。それが父の教えです。人を納得させるには容姿や立ち振る舞いなどの見栄が必要ですが、人を惹き付けるには時に本心からの情熱を見せる必要がある。両者を兼ね備えた存在になりなさい、と」

「それは立派な教えで……」

「ですが、いまの私はダメです。初めてのことで緊張し切って、背伸びした見栄も隠そうとする本心もバレバレなのです。だから、温かい紅茶やクラシックのレコードよりも緊張をときほぐしてくれるあなたが必要なんです」

「はぁ……じゃあ、俺は何をすれば?」

「舞台の袖で見ていてください」


「見ているだけで、いいんだよな?」

「はい。では、行ってまいります」

 当事者でない俺の身がすくむような緊張感の中、彼女は普段の学校とは違う、凛とした表情で歩き出した。……が、すぐに引き返した。

「ど、どうした?」

「……ごめんなさい。もうひとつだけ、手伝っていただけますか?」

 ここまで来たら、どんとこいだ。とことん応援したい。

「俺にできることなら、がんばってみる」

「では……手を、握ってくれますか?」

 差し出された手を、おずおずと握る。

「両手で、お願いします」

「お、おう」

 両手で、細くて小さい手を包み込む。心細い震えが、段々とおさまっていくのがわかった。

「……ありがとうございます」

「がんばれ。ちゃんと見てる」

「! ……はい」

 その微笑みだけは、いつもの教室で見るのと同じだった。


「終わりましたわ!」

 舞台袖に戻るや否や、彼女は飛びつくように俺を抱きしめた。

「私、上手くやれましたか?」

「素人目に見てると非の打ち所がない感じだったぞ」

「よかった……」

 へたり込むように寄り掛かってきたので、そのまま椅子に座らせた。よっぽど疲れていたのだろう。

「今日はご迷惑をおかけしました……自分でも、こんなに冷静でなくなるとは思えなかったのです」

「まあいいぞ。珍しい経験できたしな」

「では、明日もよろしくお願いしますね」

 はい?

「私が緊張しなくなるまで、お付き合いしていただけますか?」

「……断っても黒服集団に拉致されるんだよな?」

「あなたがよほどの事情がない限りは」

 拒否権がないことを確認できたので、俺は了承した。

 元々、嫌ではないのだ。彼女と会える口実にもなるし。

「嬉しいですわ! これからも末永く、お願いしますね」

 ……何か、追い詰められているような気がした。

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