お題:服
「これなんかどうかな? 流行りだし、とりあえず持っとけって感じだけど」
「はぁ……」
店頭のマネキンが来ているのと同じ黒い上着を前に、何度目かわからない無関心なため息が落ちる。
滅多に来ないショッピングモールにて、俺は数年ぶりに入った服屋でかれこれ数十分も拘束されている。というのも、隣にいる同級生の女子が大学構内で俺にぶつけた質問が発端だ。
『もしかしてだけど、きみって服装いっつも同じだったりする?』
『何か問題でも?』
はぐらかして躱すべきだったと後悔しているが後の祭りだ。彼女のお節介、もとい親切心で様々なファッションの店舗を連れ回されている。
「ため息ばっかり、失礼なヤツだなきみは。私は親切、いや老婆心にも近い気持ちなんだぞ」
二十歳そこらの男に対してそこまで庇護欲を持つなんて奇矯なものだ。
「……例えばだが、お前がメガネ屋を数店舗ハシゴで付き合わされたとしたらどう思う?」
「チョーつまんない」
「同じ気持ちだ。俺は服に興味がない。最低限の服は揃えてあるつもりだし、これ以上はいらない」
「ジョブズ気取りかさては。そんなんじゃ彼女できないぞ!」
「必要ない」
「強がるなよぉ。ごめんって」
決して強がりではない。たしかに構内でカップルを見ていると羨ましくなる日もあるが、その関係性を維持するために必要な時間や出費を考えると気持ちが冷めてしまう。恋愛においてその二つは掛け捨てなのだろうが、そこで損得勘定をしてしまう時点で恋愛には向いていないと自覚している。
と、これを長々説明しても詮無いので何も言わないが。
「……これでも心配なんだぞ」
「何がだ」
「将来が。顔も頭も悪くないのに、無口で人の輪に入らないクラウド崩れみたいな性格してるから友達も彼女も少ないじゃんか。せめて垢抜けた清涼感のある服装してりゃ話しかけやすくもなるんだから」
思わぬ正論に口を閉ざす。まっとうな意見だ。
「まあ、たしかにお節介だもんなぁ……ごめんね、長々と付き合わせて」
物悲しそうに棚へ戻そうとした服を、掠めとるように受け取った。
「……今日見た中なら、これが一番マシだ」
「! そっか。じゃあ、買っちゃおう!」
久々に買った服は、何の特徴もない黒の上着だった。マネキンが着こなす商品には心惹かれないが、手に持ったこの一着には不思議と魅力を感じた。
購入し、急かされるがままに袖を通す。
「……なんか、量産型って感じ」
「そうだろうな」
「でもイイネ。私は好き!」
「なら、悪くはないな」
これから数週間後、今度はこの服しか着なくなったことを咎められることになったのは別の話だ。
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