お題:街

 僕は今日、初めて都会という場所にきた。

 テレビで見るより高いビルに眩みながら、明確に耳で聞こえるほどの雑踏に圧倒される。都会生まれの人から見れば、僕は一目でお上りさんとわかったことだろう。

 だが、そんな僕より凄まじい状態の連れ合いがいた。

「ひ、人が、人が多すぎる……グルルルル」

「どうどう、どうどう」

 追い込まれた獣のように周囲を威嚇する少女をなだめすかす。

 天真爛漫で少し粗野なこの少女は、学校でも有名な不良である。鋭い目つきと突き刺すような声。廊下を歩くだけで人が両脇に避けるほど畏怖され、裏では『猛獣』というあだ名がつくほどだ。

 しかし、実態は少しキレ症なだけの純正田舎育ちであり、人が多い場所を嫌う習性がある。さらに重度の機械音痴でもあり、都会は存在そのものが天敵と言える。

 都会だからと背伸びして買った大人っぽいワンピースも、眉間に寄った皺で台無しである。

「目的地はこの駅で乗り換えをして、少し歩いたところだね」

「ノリカエ……や、やったことないぞ!?」

「そりゃまあ、地元だと路面電車で解決できたもんね」

 もちろん僕も乗り換えなんて初体験だ。しかし、こんなこともあろうかとやり方はバッチリ調べておいた。

「ほら、切符買いに行こう。時間はまだまだあるけど、だらだらしてると日が暮れるよ」

「ま、待て! 自動改札って奴があるんだろ!? 怖いっ!」

「自動改札を猛獣の名前か何かと勘違いしていらっしゃる?」

 怖いのは理解できないでもないが、これで止まっていては本当に時間がなくなる。僕は発破をかけることにした。

「行きたいところがあるんでしょ」

「う、……ある」

「ほら、口に出して宣誓。そしたら覚悟も決まるでしょ」

 彼女は恥ずかしそうにスカートの裾をギュッと掴み、引き結んでいた唇を小さく開けた。

「さ……サイゼリヤに行きたい」

 このささやかな願いが都会に来た理由である。

「チーズのピザが食べたいかー」

「お、おー!」

「ティラミスが食べたいかー」

「おー!!」

 粗暴な少女が見せる純粋でささやかな願望。そんな食傷され切ったギャップに、僕はやられてしまったのだ。

「じゃあ行こう。もう目の前だよ」

「お、おう……」

 進もうとした時、僕の服のすそを彼女が掴んだ。振り向いて目が合った瞬間、耳まで真っ赤になった。

「こっ、これは、ちが…………はっ、はぐれないように、掴んどいてやる。わかったか!?」

「……ふふっ、ありがと」

 このかわいらしい猛獣が頼ってくれるなら、道案内ぐらいいくらでもこなせる。

 いつもの半分以下に縮こまった彼女の歩調に合わせて、僕らはゆっくりと人いきれへ歩いていった。

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