お題:朝
朝というものは非常に煩わしい。
温かい毛布を蹴ってまで外に這い出る意義が見当たらない。そもそも日差しを浴びると目の奥がジリジリと痛むし、そんな苦しみのために起きたくない。
私は常々そう思っている。だが……
「もう朝です。起きてくださいねお嬢様」
この執事が容赦なく布団を剥ぎ取ってカーテンを開け、外気を室内に侵入させる。寝間着には肌寒い風が肩を撫でた。
「さぶっ。おい私はお嬢様だぞー……もうちょっと扱いがあるだろー?」
「成人済みなのに定刻の起床もできない娘は粗雑に扱って構わないという指示ですので」
「くそ、お父様にそう言われちゃ何も言えん……」
「口が悪うございます。お嬢様」
この執事、子どもの頃から付き合いがあるとはいえ慇懃無礼ではなかろうか。昔はもっと純粋でかわいかったというのに。
起こしに来たとき、ベッドに引き摺り込んで二人で二度寝決め込んでた時期が懐かしい。
「いまじゃ無表情の鉄人か……悲しいよ私は」
「お嬢様が変わらなすぎるだけです。いまも昔も、天真爛漫で唯我独尊ではありませんか」
「まあ、この脳みそが優秀なおかげで上手いこと資産運用できて、肉体労働なしに稼げてるわけだからね」
稼げてるんだから朝起きなくても、と続けようとしたことを読まれたのか、額を指で押された。
「それでも規則正しい生活を。不摂生では体を壊します」
「……別にいいよ。結婚する気も子ども持つ気もないし、遺書だってこの前書いて――」
「関係ありません。朝起き、夜眠る。良識ある人間としての体裁は保っていただきたく」
「そもそも良識ってのは人間の習性の中で倫理的に都合のいいものをだな」
「禅問答に付き合う時間はありません。朝食は準備しておりますので、リビングへどうぞ」
にべもなく私の詭弁を排し、執事はベッドメイクを始めた。
シーツを広げる。床に落ちている衣類を拾う。窓を閉める。ただそれだけの動作が瀟洒で上品に見えるのだから、不思議なものである。私は、ふと湧いた疑問をその背中にぶつけた。
「お前、執事の中でもかなり上等だよね。なんで本家に戻らないんだ?」
「私はお嬢様の執事なので」
「そういう話じゃない。お父様の元にいた方が金も休みも貰えるだろう。あっちに移りたいとは思わないのか」
「さほど興味はありません。……ですが、執事を辞める機会については考えてあります」
初耳の辞表構想を前に、私はフリーズした。「何が原因」とか「その後の生活はどうするの」とか、いろんな考えが脳内をめくるめく。数秒間も考え抜いた末に当たり障りない疑問文を作り上げ、震える声で、ようやく会話のボールを投げ返した。
「ど、どんな機会で辞めるんだ?」
「お嬢様が一人で起きられるようになったら、廃業しようと考えています」
「…………」
私は綺麗にセットされたベッドに飛び込み、駄々をこねる子どものようにジタバタしてシーツをめちゃくちゃにしてやった。
「私は二度寝する! 絶対に一人で起きてやらないからな!」
そう宣言すると、彼は珍しくきょとんと目を丸くする。そして、天然記念物並みに希少な柔らかい笑顔を見せた。
「ええ。元より、そのつもりですので」
「……はい?」
会話の流れがつながっていないのでは?
困惑する私をベッドから軽々と抱き上げると、今度は目を細めた。刹那、背筋に悪寒が走る。この顔はマズい。
「そこまで元気でしたら、朝食の前に運動でもいたしましょう。1kmのランニングはいかがでしょう」
「きょ、拒否権「そんなものはありません」
無慈悲な手により、私は外へと運ばれていく。
「やっぱり朝なんて嫌いだ……!」
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