お題:街灯
「街灯さんおはよー!」
「はい、おはようございます」
我が町には、街灯さんと呼ばれる名物がいる。
細身のスーツが似合う、落ち着いた声の紳士。高身長で目立つため、いつも道路沿いで小学生のために旗振りをしている。
「おはよ」
「おや、今日は早起きですね」
「まあね。街灯さんも今日は綺麗に灯ってるね」
呼び名通り、頭が街灯――正確にはガス灯である以外は至って普通の人だ。
彼は嬉しくなると、ガラスの中の炎が赤くなる。
「ありがとうございます。今日も学校と陸上部、がんばってくださいね」
「うぃ」
ポンポンと街灯さんのお腹を小突いて横断歩道を渡る。近くの小学生はスズメが遊ぶような調子で街灯さんを話題にしていた。
「今日も街灯さん、カッコいいねぇ」
「ねぇー」
(まあ、カッコいい……かな? 小学校の頃はたしかにそんな話してた気もする)
「でも、街灯さんってなんで街灯さんなんだろ?」
「たしかにー……何歳なのかな?」
雷に打たれたようだった。
まったく考えた事もなかったが、たしかに謎だ。街灯さんについて何もかもが。
その疑問は釣り針のように、ずっと私の心に引っかかり続けた。結果、私は注意散漫の末に足をグネった。
「くっそぉ。捻挫してたし、病院は混んでるし、親は仕事で帰ってこない日だし……」
踏んだり蹴ったりでイライラしながら松葉杖で帰路を進む。すっかり夜になり、蛙の合唱しか聞こえない。月も隠れて、光は街灯だけだ。
「街灯……街灯さん何してんのかな」
「お呼びですか?」
「ほわぁ!?」
ぬっと背後から現れた街灯さんに驚いてスッ転ぶ。街灯さんは大慌てで私を抱き起す。
「ごめんなさい、つい驚かせてしまって……」
「あーいいよいいよ」
「夜道でひとりは危険です。ほら、背中にどうぞ」
正直、歩くのもしんどいので好意に甘えておんぶしてもらう。普段の私より頭四つ分は高い視点におののいて縮み上がった。
「……よろしければ、喉を絞める力をゆるめてもらっても?」
「あ、ごめん」
改めて気楽におぶさると、スーツ越しに街灯さんの身体が筋肉質だとわかった。
(頭以外はやっぱり人間っぽいよな……生き物としてどうなってんだろ)
せっかくの機会だから、私はストレートに尋ねてみることにした。
「街灯さんって、人間なの?」
「難しい質問ですね。人間の定義は複雑ですから。少なくとも、世間一般としての人間像と私はかけ離れているでしょうけど」
「ふーん。街灯さんも、自分のことよくわかってないの?」
「……ええ」
少しだけ、声が真剣になった気がした。後ろから見える炎がふらりと揺れる。
「私が何者であるのか。どこから生じ、どうして思考を得たのか。私自身にとってもわからないことばかりです」
「そっか」
結局、解答はそれだけだった。街灯さんという闇は、街灯さん自身の光をもってして明かされないままということだ。
「まあ、街灯さんはこのままがいいや」
不思議と、納得する自分がいた。思い返せば、不安だったのかもしれない。街灯さんに何か正体があったとして、それを知ってしまえば、街灯さんが私の前から消えてしまうような気がしていた。
「どこに住んでるのかも、何食ってるのかもわかんないけど、明日も明後日も横断歩道で黄色の旗振ってくれてる街灯さんがいい」
「……最高の賛辞ですよ、レディ」
「へへへ。でしょ」
明日も街灯さんは旗を振る。来週も来年も、私がおばあちゃんになってもきっと変わらない。むしろ、そうあってほしい。
私は、来週も来年も来世も、街灯さんに「おはよう」と言いたいから。
「静養してくださいね」
「うん。……おやすみ、街灯さん」
「ええ。おやすみなさい、レディ」
何回だって「おはよう」を言いたい。この「おやすみ」を、私の特別にしたいから。
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