お題:花

「咲いちゃった!」

 ドアを蹴破らん勢いで我が家に侵入した同級生の少年は、開口一番そう言った。

 あたしはもちろんこう返す。

「咲いたの!?」

 正気の沙汰とは思えない状況に家族がドン引く中、あたしはコートに腕を通して家を飛び出した。

 向かう先は彼の家の庭にある椿だ。

 その木は彼の祖母が子どもの頃に植えたもので、毎年綺麗な椿を咲かせていた。しかし、祖母が亡くなってからは家族がいくら世話をしても花を咲かせなくなってしまったのだという。

 枝葉も痩せ細り、そろそろ伐採してしまおうという話が出たところで、彼が園芸部のあたしに相談したのだ。一度だけでいいから、椿を咲かせてやりたいと。

 全力で手を尽くした。薬品を使わないように徹底し、害虫駆除も環境整備もこの手で行った。それでも様子の改善は見られず、もう春が目の前だというのにつぼみすら付かず、諦めかけていたのだ。

「ほらあれ!」

 息巻いて指差す先を見る。末期の病人のように枯れ果てた木の中に、奇跡の一輪が咲いていた。

「本当に……よ、よかったぁ……」

「ね、ねぇどうしよう! これどうしよう!?」

「とりあえず落ち着いて。……何か形に残したい?」

「できれば……うん」

「じゃあ、ドライフラワーじゃないかな」

 立体的な椿の花は、押し花よりドライフラワーの方が見栄えがいいとあたしは提案した。すると、彼はおずおずと尋ねた。

「種って取れないかな……」

「……正直、厳しいと思う」

 椿は花が実になって半年ほど経つと、熟して種が取れるようになる。

 だが、木の状態が非常に悪い。栄養が充分に行き渡るかも怪しい上に、そもそも実の重さに枝が耐えられるかすら微妙なところだ。種ができあがる前に落ちてしまう可能性が高いだろう。

「それに、種を植えても芽が出るかはわからない……それでも大丈夫?」

「……おばあちゃんが遺してくれた椿を、僕の子どもや孫の世代にも見せてあげたいんだ」

 彼は晴れ晴れと頷いた。

「きっと大丈夫。受け継いでいけると思う!」

 風、虫、鳥……様々な理由が重なる自然では、健常な椿でも実が落ちる可能性は高い。

 だが、この椿は特別だと信じたくなる。

 花が好きな人間にとって、愛されている花ほど幸せな存在はないのだ。

 いまはまだ見えない若々しい椿を、いつか見てみたい。

 夢に乗っかり、あたしはこれから先もこの椿に力を尽くそうと決めたのだ。

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