お題:早朝

 月に数回、スイッチを入れたようにハッキリ目が醒めることがある。後腐れする眠気や二度寝の誘惑もない日は、決まって朝五時という早朝なのだ。

 私はこの時間を持て余してしまう。不思議とゲームをしたり漫画を読んだりする気にもならず、かといって眠たくもない。だから、こんな日にやることをひとつ決めている。

「……お散歩」

 おばあちゃんからもらったをパジャマに羽織って、すり足さし足で家を出る。

 初春は目の前だが、薄明の空の下はまだ肌寒い。手のひらに息を吹きかけると、うっすらとモヤが見えた。

「さむさむ……」

 ふらりふらりと歩く。向かう先は特に決めていない。スマホも財布も持たず、ただそこいらを眺めながら歩き回るだけ。不思議とこれが楽しい。

 遠くで自転車を漕ぐ音がする。どこかで犬の鳴き声がする。止まれの標識でスズメが団欒している。ゴミ捨て場に吊るされたCDとカラスがにらめっこしている。

 そんな発見が、楽しい。

「あ、ネコ……」

 蔦の絡んだ石垣で丸くなっているネコは、私に気付くと眠たそうに首をもたげた。

「ちっ、ちっ」

 へたくそな舌打ちをしてみると、面倒くさそうに降りてきた。驚かせないようにそっと手を伸ばすと、すり寄ってきた。

「よしよし。人慣れしてるんだねぇ」

 しゃがみこんでネコと遊ぶ。ネコからしても暇潰しにちょうどいいと思ったのか、意外と遊んでくれる。

「なぁーご、なぁー、にゃー」

「……何してんの」

「にゃ――」

 固まる。

 後ろには、自転車にまたがった少年がいた。思考が石化して数秒、少年は首を傾げた。

「同じクラスだよね?」

「……気のせいだニャー」

「ふーん……そう」

 たしかに彼はクラスメイトで、特に話したこともない間柄だ。だからといって、寝間着にどてらという油断し尽くした姿でネコと共鳴している姿を見られていいわけではない。咄嗟に無関係を装ったが、悪手だったかもしれない。

「クク、おいで」

 彼がしゃがむと、ネコは慣れた様子で寄っていく。

「ククっていうの?」

「近所のばあちゃんが世話してる半野良なんだ。名前は僕がつけた」

「……こんな早朝にどうしたの?」

「新聞配達のバイト。終わったから帰る途中だった」

「ふーん……」

 意外な一面を聞いて驚いたが、私は無関心を装う。彼もまた、踏み込んでこなかった。

 私たちはネコを一緒に撫でて、眺めて、どこかふわふわとした時間を共有した。

 その後、学校へ行っても私たちは特に話すこともないし、干渉もない。

 ただ、もしもまた早朝に目覚めたとして。

 またククを見つけて、また彼に出会ったとしたら。

 また、あのふわふわした優しい時間を共有したいな。

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