お題:泥棒
最近、冷蔵庫から油揚げが消える。
百発百中で油揚げが消失する異常事態に、俺は恐怖していた。玄関先に茶碗一杯の塩を盛っても効果がなく、ついに俺は血迷って冷蔵庫の前にネズミ捕りを設置した。
「こぉん……」
「えぇ……?」
翌朝、ネズミ捕りに引っかかった子狐が発見された。
室内にどう侵入したとか、そもそも市街地に狐がいるのかとか色々と疑問は残るが、とにかく俺は対処に困って検索エンジンを開く。
「えっと、『狐 家にいた』か? いや、『狐 保健所』とかで――」
「ほけんじょ!?」
「はい?」
足元に目を向けると、子狐と目が合った。狐は「あ……」と言って目を逸らした。
取り乱して数分後、俺の前には着物姿の少女が正座していた。驚くことに、その頭には狐のような耳があり、背中には二本の尻尾がふわふわと揺れていた。
「……信じられないけど、化け狐ってやつなの?」
「そうじゃ。普段は隠れて生活しておる」
やけに古風な喋りをする少女は、自身を妖怪だと語る。自在に動く尻尾と感情に合わせて動く耳が、それを事実だと裏付ける。
「それなりに永く生きておる。戦禍も経験した。じゃがそれだけよ。いまでは隠れるように放浪しておる」
「俺の家にはどうやって入ったの?」
「窓からひょいとな。この家の押し入れは滅多に開けられぬ故、居座っておった」
「待って。じゃあまさか……」
「おお、あのいかがわしい薄くて固い本か。童女趣味など珍しくもない。実際に手を出さぬ限りは問題もなかろう」
「よし、保健所に突き出す」
固い決意と共に電話を手にした瞬間、少女が足にすがりつく。
「後生じゃ、どうかそれだけは勘弁してくりゃれぇ!」
「ど、どうしたの急に」
「あそこは、あそこだけは嫌じゃ。狭いし他の獣もおるし、何より……往く宛てがない獣は……!」
「……わかった。けど、油揚げ泥棒と不法侵入についてはどうするの?」
少女はキュっと唇を結び、再び正座に直る。そして、深々と頭を下げた。
「すまなんだ。妾とて、ならず者のような真似はしとうない。じゃが、いまの世は妾のような力のないあやかしではまともに生きていられぬ……」
人間でも生きづらい世の中だ。妖怪もまた、弱ければ苦しむ一方なのだろう。
「いますぐに出ていく。妾は、何も持っておらぬ。どうか、どうか許してくりゃれ……」
「……ダメだね」
少女の顔が絶望に染まる。俺はすかさず続けた。
「掃除と料理」
「はえ?」
「仕事はその二つだけ。お給金は少ないけど、代わりに生活する場所とご飯は提供する。住み込みの家政婦さんって感じだけど、どうかな」
言葉の意味を理解した少女は、晴れ渡るような笑顔を見せた。耳は立って尻尾は揺れ、少女は雀のように踊って喜び始める。
「御伽話のようじゃ!」
「それはこっちの台詞だけどね……物置になってる部屋、片付けようか。そこがきみの部屋ね」
「うむ! 不束者じゃが、今日からよろしく頼む!」
こうして、狐との共同生活が始まった。俺は、彼女が出ていくと言わない限りは何が何でも追い出さないつもりでいる。それが引き入れた責任だ。
悠久を生きる妖怪にとっては一瞬の出来事だろう。その一瞬が、彼女の少しの支えになれば、俺は嬉しいと思う。
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