お題:本屋
本屋が好きだ。大型の店じゃなくて、個人経営のこじんまりとした古本屋が好きだ。
ひっそりとした店構え。店先に本棚を放置する無防備さ。狭い通路。古書の匂い。雑多に積まれた書物の山。
雰囲気そのものがアンティークじみたこの空間が好きだ。
それが高じてずっと通っていた結果、ぼくは無口な店長さんと今日、初めて会話をした。
「兄ちゃん、メシ食ってくるから店番頼まぁ」
「はい???」
結局、力押しに負けてぼくは店の留守を任されることになった。
『客? この一ヶ月兄ちゃん以外の来客なんていねぇから平気だろ!』
「とは言ってたけど……大丈夫なのかな」
最初は心構えをして背筋を伸ばしていたのだが、三十分もすると気が緩んできた。何せ、本当に誰も来ない。店の前で立ち止まるどころか、往来すらない。
手持ち無沙汰に頬杖をついて周囲を見ていると、一冊の本が目についた。色あせて、見るからに古ぼけた装丁。手に取って、埃を払う。そして表紙を見た瞬間、ぼくは失くしていたパズルのピースを見つけたときのように目を見開いた。
「破戒……の、初版!?」
ぼくはこれがいかほどの価値を持つのか知らない。ただ、教科書で見るような作品の初版がこの手にあるという事実に昂揚していた。長い長い時間を経て残されていたこの一冊にぼくが触れていることに途方もないロマンを感じたのだ。
恐る恐る、ページをめくる。普段の読書とは比べ物にならない、表面張力ギリギリの水が入ったコップを運ぶほど慎重に。
黄ばんだ固い質感。折り目も開き癖もない、新品かと勘違いするほどの状態だった。
気付くと、ぼくはその本に没入していた。『破戒』は一度読んでいる。文字も旧字で読みづらい。それでも読み入るほど、この古書が持つ魅力に取りつかれていたのだ。
「……面白いかい」
「!?」
ガタンと立ち上がる。店長さんが帰って来ていた。時間がどのぐらい経ったのかはわからない。
「す、すみませっ!」
「いいんだよ。店番してもらったんだから」
店長さんは椅子を引き寄せてぼくの隣にどっかりと座る。
「儂ぁな、活字離れを嘆いちゃいるが、若いのに強要してもしょうがねぇと思ってんだ。近頃は電子書籍もあるし、まぁ過去の名作が廃れ切っちまうこともねぇだろってな」
「は、はぁ……」
「この店もまぁ、道楽でやってるようなモンだった。……だが、兄ちゃんみてぇな本のロマンをわかってくれる奴がいると、やっぱり嬉しくなっちまう」
ぽんと肩を叩かれる。本屋とは結びつかない剛毅な手から、不器用な優しさが伝わる。
「そいつはバイト代で持ってけ。……また店番を頼むかもな」
「! は、はい!」
ぼくはその日、一冊の本を後生大事に抱えて走って帰った。風が吹くと、古書の匂いがした。
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