お題:宝物

「タイムカプセル?」

「そ。掘りに行こ」

 工事現場でも今日日見ないような、やたらデカいシャベルを持った少女が目を輝かせてそう言った。

 おぼろな記憶を呼び起こすと、小学校卒業の日にそんなことをした気もする。誰と何を埋めたか、そもそもいつ掘り起こす約束だったかもいまのいままで忘れていた。

「行くのはいいけど、何も覚えてない……」

「大丈夫。あたしは目印に置いた小石の座標をグーグルマップより事細かに憶えている」

「小石なんて雨降ったらなくなるでしょ」

「そのツッコミは水に流して。なんつて」

 渾身のドヤ顔をフル無視して、僕は外出の準備を始めた。

 日も傾き始めた頃、懐かしの小学校には学童の声が少しだけ響いていた。あれだけ広々としていた校庭が、いまは少し狭く感じる。

「鉄棒こんなに低かったっけ」

「ヘイ、それは身長があの頃と僅差なあたしへのあてつけか?」

「登り棒してきていいよ」

「できないの知ってて言ってるなよし潰す。いやむしろトゥブす!」

 ゲシゲシと足のつま先を蹴られながら校庭をぐるりと一周する。半分出たタイヤをくぐったら挟まって出られなくなった奴や、サッカーのゴールネットに絡まっていた奴など、懐かしい思い出が蘇る。まあ、全部がとなりのコイツなのだが。

「で、タイムカプセルはどこ?」

「聴いて驚け。わからぬ」

「帰るか」

「待て。待って。あたしが悪かった。お願い待って。泣くぞ」

 本当に声が潤んできたので踵を返したが、困った現状に変わりはない。

 まさか本当に小石が目印だとは。

「何か他の特徴ない?」

「……たんぽぽ生えてた」

「あぁ、たしかに一緒に綿毛飛ばしたね。……あの辺じゃなかった?」

 なんとなく指差した校庭のすみっこへ向けて彼女は全力でダッシュした。そしてざふざふと土を掘り起こすと、すぐに固い音が鳴った。

「あった」

「サクマドロップの缶? ……あ、そうだ。二人だけで埋めたんだっけ」

「ん。あたしの宝物を入れた」

 カポンと蓋を開けると、最初に出てきたのは水色のラメが入ったスーパーボールだった。

「懐かしい。駄菓子屋のくじ引きで当てたから、気に入ってたんだよね」

「む……あたしのが出てこない。ふん、ふんッ」

 乱暴に降られる缶からはカサカサと乾いた音がしていた。十回ほど振って出てきたものは、乾き切ったヒモのような何かだった。

「……スルメ?」

「たんぽぽ」

 言われて見ると、たしかに綿毛を全て飛ばしたあとのたんぽぽだ。長い歳月は、彼女が入れた宝物を惨酷にも変貌させていた。

「なんというか……残念だったね」

「ううん。いい。あたしにとっては、このたんぽぽがあの頃の宝」

 たんぽぽを眺める瞳は、無垢に輝いていた。遠い思い出が重なる。なんてことのない日々が、色あせたまま目の裏を過った。

 寂寥とも、嫉妬とも。たんぽぽの綿毛やスーパーボールに心躍らせていた頃には戻れない。曖昧だった自覚が形を持ったような気がした。不思議と、悪くはない気分だ。

「帰ろうか」

「うん。ありがと」

「……河川敷とかに行けばたんぽぽあるかな」

「! うん。探してみよ」

 彼女だけは昔と変わっていないように感じた。

 ずっと一緒にいるせいで錯覚しているだけなのかもしれない。いまは、その錯覚すら宝物に思えた。

 枯れたたんぽぽ。褪せたラメのキラキラ。

 今日は宝物がずいぶんと増えたらしい。

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