お題:泥棒
義賊、怪盗……呼称が変われど、結局のところはコソ泥だ。
俺に『こう』なる以外の選択肢はなかった。
クソみたいな人生だ。戦争が終わっても広がり続ける貧困。暴力と銃声で歪み切った環境。ありきたりで冗長な地獄。それでも生きたいと。死にたくないと思ったから、俺は盗みの腕を磨いた。
金持ちの家から宝石箱を盗み出したあたりから、俺は正体不明の怪盗と噂されるようになった。あまつさえ、富の独占を崩す義賊だと賞賛する連中まで現れた。
俺は、ただ死にたくなかっただけなのに。
やめろ。来るな。俺に偶像を押し付けるな。
人の幸せなんて簡単に崩れ去る。金も愛も命も、たった一発の銃弾で全て砕け散る。
世界なんて滅茶苦茶だ。こんな現実を認めたくないから、お前らは俺に縋るんだろう。矮小にした幸せすら叶わないから、影も形もわからない俺につまらない自分を投影しているんだろう。
俺はただの泥棒で、自分を生きようと必死なだけなのに。
「だが、罪は罪だ」
雨を裂くように、鋭い糾弾が突き刺さる。
「お前は罪人だ。断じて正義ではない。どれだけの理由があろうともな」
どこまでも俺に追いすがる、ただ一人の女。はびこる悪党を捕らえるために腐りかけた軍部に入った、稀有な人物らしい。
路地裏を駆け抜け、屋根を飛び、川へ飛び込んでも追いすがるこの女が、俺にとって唯一の言葉を交わす相手だった。
「仰る通り俺は泥棒だ。理由なんて考えず、問答無用で捕まえればいい」
「……先日、商人による詐欺被害にあった孤児院に、多額の寄付があった。お前がその商人宅から資産を奪い去った日にな」
「そうか。で?」
「お前がやっていることは偽善だ。罪が伴う行為では何も救えない。その頭脳、その運動能力……いまからでも遅くない。正しいことに使え」
正しい、という言葉を聴いた瞬間、俺は笑いが止まらなくなった。何の琴線に触れたのか、俺にもわからなかった。
「何がおかしい」
「さぁな。俺はもう、気が触れてるんだ」
俺はもう逃げるしかない。捕まれば終わる。隠れても怯え続けるだけ。心に住み着いた恐怖は、深く打ち込まれた杭だ。決して外れず、取り除いても空洞だけが残り続ける。
「俺はもう、何もいらない。金も、食い物も、服もな。……ただ、盗み以外で生きることがもうできない」
「ふざけたことを……!」
「だから、終わらせてくれ」
俺はもう、自分の罪に向き合えない。凄惨な死以外に償える方法がないほどの罪を重ねたからだ。死にたくない。だから逃げ続けた。
永遠に続く暗夜だ。先も後もない。次の一歩が奈落とも知れない暗闇を一心不乱に走り続ける狂気だけが俺の命をつないでいる。
だけど。
「終わらせてくれ」
俺もまた、俺を偶像扱いする連中と変わらない。目の前の軍人に、偶像を押し付けている。
縋るように。祈るように。また、贖うように。
「頼むよ」
どこまでも追ってくるお前だけが、俺を見てくれている。
お前から逃げてる時間だけは、恐怖すら忘れていられるんだ。
お前に捕まれば、終わりに出来る気がするんだ。
「上等だ。盗人」
「ありがとう」
愛する追跡者に背を向ける。終わりだけを待ち望んで、また、暗夜へ。
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